ケルベロス
「…うーん…」
ぼんやりとした視界に、ここがハデスの部屋だと気がついた。
「寝ちゃった!」
だけど隣にハデスの姿はない。時計を見ると、長い時間寝ちゃった訳じゃないみたい。確か、なかなか寝付けなくてハデスの部屋に来たんだった。ハデスの声と頭を撫でる手が心地よくて…私を安心させてくれる言葉を言ってくれた。
「サクラはサクラであろう?」
「サクラが人間でよかった。」と。
思い出すとなんだか胸が温かくなる。これは何だろう…?
「そんなことより、ハデスはどこ?」
私はランプを手に取り廊下に出た。
いつだって薄暗い冥府を、この時間はいっそう冥府を暗く感じさせる。幼い頃はハデスやメーク、クレアスに死神さん、みんなに手を引いてもらっていた。
「なんだか懐かしいな。」
キョロキョロと辺りを見回してもハデスはいない。
「どこ行っちゃったのかなー…ん?」
何やら地下の方で声がする。そう言えばハデスの部屋よりも先にある地下にはあまり行ったことがない。
ランプの灯りだけが階段を明るくした。そぉっと降りてみる。声は間違いなく地下からだった。壁に黒い影が写し出される。それにこの声は、
「ハデス?と…!?」
突如大きな犬が駆け寄ってきた。3匹の犬に見えるけど体は1つ。3匹が息を切らして後退りをした私をじっと見てきた。
まさかサクラが地下に来るとは思わなかった。しかもケルベロスがサクラめがけて駆け行ってしまった。
「ケルベロス!!」
私の声が地下に響く。サクラは大丈夫だろうか…
「ワン♪」
…ワン♪?だと?
「可愛いねー♪君たちがケルベロスなの?」
サクラはケルベロスに手を伸ばして撫でている。
「くーん。」
ケルベロスはもっと撫でてとサクラに甘えている。それにしても、
「ケルベロスが恐くないのか?お前の知っている犬とは違うだろう?」
「恐くないよ。確かに知っている犬よりは大きいけどね。えへへ、くすぐったい♪」
サクラがケルベロスとじゃれあっている。
「まったく、人が何のために隠していたと…。」
サクラの笑顔はケルベロスさえも魅了するのか。
「え?なぁに?」
「起きてきたなら散歩に付き合えと言ったんだ。」
それから私とサクラはケルベロスを散歩させた。ランプの灯りのせいではない。ただサクラがいるというだけで、薄暗い地下はいつもより明るく見えるのだ。
「ねぇハデス?何でケルベロスは地下にいるの?」
「それは、前の冥王がケルベロスが裁きにかける死者の魂を食べると決めつけ
ケルベロスを地下に追いやったからだ。」
「ひどいことする神様だね。」
サクラは優しくケルベロスを撫でる。
「それからは、ケルベロスは地下を棲みかにし、私が散歩をさせている。長い時をそうして過ごしてきたのだ。」
「じゃあこれからは地下から出してもいい?だって前の神様とハデスは違うでしょ?前の神様、知らない人だけど嫌い…。」
嫌いって…思わず吹き出してしまった。仮にも神だった相手に…。
「コホン…出してもいいが、ケルベロスの寝床は地下。それさえケルベロスが守れるならいいだろう。」
そもそもケルベロスをサクラに会わせたくなかったのもあるが…
「もっと早く出してやれば良かった。すまなかったな。」
「ワン!ワン!」
「この子達喜んでる♪良かったね♪ケルベロス♪」
ケルベロスを地下の寝床に戻し、私とサクラは互いの部屋へ戻るはずなのだが、
「何故私のベッドで寝る?」
サクラが当たり前かのように横になっている。
「だってハデスといるとよく寝れるんだもん。今日はなかなか寝付けなかったから…。」
「ったく、叫び散らすメークの姿が思い浮かぶよ。」
「ふふ、淑女なんだからって言うかな?」
「あぁ。それに私も責められるな。」
2人してベッドに横になり笑った。
隣でハデスが笑っている。
優しく微笑むハデスを見ていたら、くっつきたくなってきた。
ギュー。
「くっつきすぎ。」
「だってあったかいんだもん。」
「私は苦しい。」
13歳にもなってハデスにこんなくっついてたら変かな?でも、私の事をまだまだ子供だってみんな言ってくるし、変じゃないよね?私は1人納得した。
「おい百面相、早く寝ろ。お休み。」
ハデスが私のおでこにキスをした。何度されていても少しは…照れる。
「お休みなさい。」
目を瞑ると走馬燈のように1日の出来事が頭の中を流れる。今日は色々なことがあったな。クレアスと地上へ行って、花の種を買った。それからクレアスの愛する人、アシュレイに会ってなんだか寝付けなくなってしまったこと。ハデスの言葉がとても嬉しかったこと。それから、ケルベロス…。今度からケルちゃんにしよう……。私は深い眠りに落ちていった。