大地の女神レア
私たちは勝利したのか?
それさえも分からなかった。
ただゼウスの雷がクロノスを貫き、
遥か昔に聞いた懐かしい声が聴こえたと思っていたら、クロノスは地に飲み込まれたのだ。
何が起きたのか…
そんなことより
ゼウスは無事か、他の者は…?
身体を動かそうとしても重くて動かない。
意識もだんだん遠くなっていく。
遠退いていく意識の中、サクラのくれたミサンガの鈴がなった。
サクラの笑った顔が脳裏に浮かぶ。
サクラ……。
私の意識はそこで途絶えた。
此処はどこだ?
目を開けると白い天井が目に入り、その明るさに目が眩む。
「…デス様!ハデス様!!」
ガバッと顔を出したのはメーク。
「相変わらずうるさいな、メーク。」
「うるさいとは何ですか!
目覚めなかったらどうしようかと…
ハデス様、ご無事で何よりです。」
メークが安心したように言った。
「それより、此処は?」
見覚えがあるような、ないような…
「ここはオリュンポス宮殿にある療養室です。」
なるほど。
どおりで見覚えがあるはずだ。
「それで、他の者は?」
この部屋には私しかいない。
「ゼウス様も他の皆様もハデス様のように療養されていますよ。皆様、怪我の具合がよろしくなくて…。」
「そうだったか。」
皆も疲れたろう…。
薄れ行く意識の中で私が見たものは何だったのか。
クロノスを地に飲み込んだのは何だ?
あの時の声の主は私たちを助けてくれたのかー?
重くなった目蓋を閉じて、
私はそのまま眠りについてしまった。
"よく耐えたわね。
クロノスは私がもらいうけましょう。
あなた達に平穏と加護を与えます。
ゆっくり休みなさい。"
そうか…。
薄れ行く意識のなか聴こえた懐かしいあの声は、クロノスの妻であり、私たちの母である、大地の女神レア。
母がクロノスを地へと…。
どれくらい眠っていたのだろうか。
目を覚ますと重くて動かなかった身体が若干軽くなっていたような気がした。
それに…
「なかなかお目覚めにならないから…!」
などと、心底心配していたメークがいた。
「心配かけたな。」
コンコン
扉をノックしたのはゼウスだった。
「話し声がしたから様子を見に来たんだけど、無事でよかったよ。兄さん。」
こちらに笑顔を向けるゼウスは、傷だらけで松葉杖をついている。
「結構やられたな。」
「(クスクス)兄さんこそ。いい男が台無しだね。」
「ゼウス、母の声を聴いたか?」
ゼウスは頷いた。
私たちを守ってくれた母。
幼き日も父クロノスから我が身を犠牲にしても、守ってくれた。
気高くて優しい、そんな母はいつしか大地へと身を挺した。
もう会えないものかと思っていた。
あの優しい声を聴くこともないかと思っていた。
「僕たちをまたクロノスから守ってくれた。」
「あぁ、そうだな。」
"ゆっくり休んでいきなよ"
そう言って部屋を出ていったゼウス。
ゼウスも私と同じ気持ちに違いない。
懐かしい母に嬉しかったのかゼウスは穏やかな顔をしていた。
「私の留守中に冥府で変わったことはなかったか?」
裁きを待つ死者たちが溜まりにたまっているだろう。
「そうですね、たくさんの死者たちがあなたの帰りを待っておりますよ。」
笑みを浮かべたメークが若干腹立つ。
「それから、クレアスが庭の手入れをしていますよ。色とりどりの花が咲き、まるで冥府じゃないみたいですよ。
サクラ様が居たらさぞお喜びになったでしょうね。」
途端に胸が締め付けられる。
「…そうか。」
それ以上の言葉を続けることができなかったのをメークは見透かしたのか。
「ケルベロスも死神たちも皆元気ですよ。
ハデス様の帰りを今か今かと待ちわびてますよ。」
そう言ってメークは笑った。
冥府に戻ったら死者を裁かなくては。
忙しい方がいい。
そのほうがサクラの居ない冥府でも辛くないだろう。




