いつも通り
「ハデス、傷はもう治ったの?」
私の部屋に来るなりベッドに飛び乗ったサクラ。
「重い…これでは治った傷もまた痛む。」
そう言うと余計に体重をかけ笑うサクラ。
あの日からサクラはいつも通りだ。
いつものように学校に行き、いつものように笑って、いつものように私の隣にいる。
オリュンポスでゼウスが言ったクロノスとの戦いの日は、
"12月31日、一年の締めくくりである大晦日に悪魔祓いをする" と。
もう12月も半ばを過ぎている。
気が重かったが、サクラにも伝えた。
またあの日のように泣くのではないかと思っていたのだが…
"私なら大丈夫だよ。"
そう言って笑った。
…こうやって過ごす日々も残り少ないのか…。
あれからロエンの家を訪ねた。
「ロエンから話は聞いていますよ。私が聞いてよいものかと思いましたが…。
サクラさんは安心して任せせてください。」
そう言ったロエンの祖父。
そして続けて言った。
「あなた方の無事を願っています。」
唐突にそんなことを言われて驚いていると、
「だってそうでしょう?
悪魔に支配などされるのはごめんですからね。」
とロエンによく似た笑顔を見せた。
「ふっ…そうだな。ありがとう。」
「!!」
今度はロエンの祖父が驚いた顔をしたが、また優しく笑った。
「ハデス?ぼーっとしちゃってどうしたの?」
サクラが不思議そうに私を見る。
澄んだ瞳に私が映っている。
サクラの頭を撫でながら言った。
「なんでもない。」
「ハデスはいつもそればっかり。」
頬を膨らまし拗ねるサクラを愛おしく思う。
まったく、
赤ん坊の時から傍にいて、成長をずっと見てきたと言うのに…
惹かれずにはいられなかったなんて…。
よりによって人間であるサクラに。
私とサクラでは、共に過ごすことも許されない。
「ちょっと失礼しますよ!」
メークの声と共に私の上からサクラが下ろされる。
「あなた達ときたら…いつもそうベタベタと……(ブツブツ)。」
メークもいつもと変わらない。
「だってもうすぐ離ればなれだもん。」
そう言って私にくっつくサクラ。
別れの日を口に出すサクラにメークが言う。
「だとしても!ダメです!
あなたは淑女!いいですか、淑女!ですよ!」
そう言ってサクラを部屋からつまみ出した。
扉の向こうからサクラが
「メークのケチー!」
などと言う。
「(クスクス)メークは厳しいな。」
「厳しいも何も、ハデス様の甘やかしが私を厳しくさせるんですよ。」
メークはそう言いながら笑う。
分かっている。
メークがいつも通りに振る舞おうとしてくれていることは。
それはきっと私も同じだ。
「メーク。すまないな。」
カーテンを開けるメークの手が止まる。
「いいえ、これも私の務めですからね。分かったら…
さっさと起きて、仕事に行ってください!」
「…ふっ(クスクス)」
この男は、本当に…
「さすが優秀な執事だ。」
私はベッドから起き上がり身支度を整えた。
「そういえば、今日サクラ様は学校帰りにロエンの店に寄るそうですよ。」
ロエンの店ってことは家…。
「何をしに?」
ロエンの祖父に挨拶なら先日サクラも行った。
布屋になど用もないはず…。
「さぁ、何ででしょうね。」
「クレアスは?」
「クレアスなら、サクラ様とすでに行動を共にしていませんが。」
「……。」
「ハデス様、今からそれでどうするんですか?サクラ様はロエンの元に行くんですよ。」
そんなこと分かっている。
分かっているが…
「辛いものだな。」
自分がそうと決めたのに。
私はいつからこんなに弱くなったんだ。
「メーク、私の目が覚めるようにハーブティーを淹れてくれ。」
きっとメークには全てが分かっていたのだろう。
私の気を引き締める呼び名を口にした。
「かしこまりました。
冥王ハデス様。」




