守りたいから離れる
「落ち着いた?」
クレアスが温かい紅茶を淹れてくれた。
「…うん、ありがとう。」
私が落ち着くまで、ずっと傍に居てくれたクレアス。
「ハデスは大丈夫かな…?」
血がたくさん出てた。思い出すとまた、泣きそうになる。
「大丈夫よ。ハデス様は神様だからね。」
クレアスは優しく微笑み、私の頭を撫でた。
「さっきのクロノスって呼ばれた人…クレアスは知っているの?」
「そうね、知っているわ。詳しいことは知らないけどね。それは、ハデス様から聞いた方がいいわ。
…きっと…話さなくてはならない時が来たのね。」
最後のポツリと呟いた声がよく聞こえなかった。
「?」
「ゆっくり休みなさい。」
そう言って部屋を出ていったクレアスが悲しそうな顔をしていた理由も、この時の私には分からなかった。
コンコン
扉をノックする。
「あぁ。入っていい。」
中から聞こえるハデスの声。
扉を開ける。
私に優しく微笑むハデス。
いつもと同じなのに…
いつもと同じじゃない気がした…。
「サクラに話さなきゃならないことがある。」
何を言われるのか…
ハデスがゆっくりと口を開く。
まるでしたくもない話をするかのように。
不安に胸が押し潰されそうになる。
なのに…
どうして、そんな気がしていたんだろう。
「サクラ、私の言いたいことが分かるか?」
どうして、分かってしまったんだろう。
「うん。」
私はこぼれ落ちようとしている涙を流さないように答えた。
「聞き分けがいいんだな。」
ハデスが私の頬に手を添えて笑った。
途端に流れる涙。
「ふっ、意地っ張り。」
泣きじゃくる私をハデスはただ抱き締めてくれた。
クロノスに刺されて、重傷を負ってまで私を守ろうとしたハデス。
神様と悪魔の争いに、人間の私はハデスにとって重荷でしかない。
なんて、弱くて無力なんだろう…。
ハデスは私を守るためにロエンの元へ行くように言った。
私は…本当は…ハデスの傍にいたい。
だけど、それじゃ私はハデスを守れない。
私が出来ることは、離れること。
聞き分けがいいんじゃないよ…。
私はただ、ハデスを守りたいだけ…。
私はいつの間にか泣き疲れて眠ってしまった。
目の回りを真っ赤にして眠るサクラ。
したくもない話をする日がこんなに早くに来るとは…。
サクラを拾った日から、いずれはサクラを地上へ帰す、そう考えていたのだが…
こんなにも胸が痛いとは…。
負った傷ではない。
サクラと離れることが辛いんだ。
分かっていたことだと言うのに。
サクラとの会話を思い出す。
「どれくらい離れるの?」
「それは、分からない。」
「じゃあ、私の誕生日。」
「それだとすぐすぎるだろ。」
「じゃあ、2年後か3年後の誕生日…。」
「サクラ、聞いて。
分からないから"待っていろ"とも言えない。
だけど、離れていても、私はサクラを想っているよ。」
サクラの目元の涙を拭う。
約束などできるものか。
本当は、事が済めばすぐにでも迎えに行きたい。
だが…
人間は人間の世界で…。
迎えになど行けないんだ。
神でありながら一人の少女の前では、私はこんなにも弱い。
コンコン
小さな音でメークがノックした。
「サクラ様は、眠ってしまいましたか。
あーあ、目をこんなになるまで腫らして…。話されたんですね?」
「あぁ。こんなに辛いとは思っていなかった。」
メークはサクラに布を掛けながら笑った。
「えぇ。辛いです。それだけサクラ様の存在は大きかったのですよ。……ハデス様、自分の気持ちに気付いていたのでしょう?」
メークに問われ驚いたが、今さら隠すことに意味もない。
「お前は人間になどと、笑うか?」
「いいえ、私は嬉しく思いますよ。」
続けてメークが言う。
「サクラ様に出会って変わられたハデス様を13年間見てきましたからね。立派な成長と言いますか(クスクス)。だからいつまでもそんな顔はしてないで、気を引き締めてください。
守るために離れることを選んだあなたを誇りに思いますよ。」
メークに渇を入れられるとは…。
「ありがとう、メーク。」
「それから、今日は特別に2人で寝ても良いことにします。くれぐれも!手を出さないように!」
そう言いながら部屋を出ていくメークに思わず笑った。
サクラの寝顔を見る。
誰が手を出すか。
あまりに純粋すぎて、大切で、手など出せるはずがない。
私はサクラの瞼にキスを落とし眠りについた。




