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冥府に咲く花  作者: rumi
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執事のメーク


ハデス様にお会いしたのは随分と遠い日のこと。

私はハデス様の前にいた冥王様に今の姿をもらい、死神として冥府にいることを命じられた。前の冥王様は悪魔のように恐ろしく、まさしく冥府の支配者そのものだった。だからハデス様も同じだと思っていた。だがお目にかかったハデス様は端正な顔立ちに背も高く、スラッとした手足。男の私でも見惚れてしまう程だった。

「ハデス様の執事をさせていただきますメークと申します。」

「あぁ、よろしく頼む。」

目線だけをこちらに移したハデス様に冷たい印象を受けた。まぁ、冥府を支配する神はこうなのだろう。

「メークと言ったな。少し地上へ行ってくる。」

「地上、ですか?」

何をしに?と聞く前にハデス様は目の前から居なくなった。

「居なくなるのが早すぎです。」

私はハデス様の部屋を見渡した。ただ寝るだけの部屋かと思いきや、机の上には天界からの手紙や冥府の裁きに関わる書類などが散らばっていた。

「これでは何がどこにあるか分かりませんね。

取り敢えずある程度まとめるとしますか。」

白い封筒に入った天界からの手紙は封さえ開いていない。

「大事なことが書いてあったらどうするのでしょう。」

そう言えばハデス様は神々の集まりにも参加しないと小耳に挟んだことがある。封の開いていない手紙がその事実を物語っていた。

「えーっと、これは今日の死者のリスト…これは昨日の。こっちは一昨日の…。毎日これだけの数をお裁きになられて。さぞかしお疲れに…。」

しばらくするとハデス様が帰ってきた。

「片付けをすまない。」

整頓された机を見てハデス様が言った。

「いいえ。毎日お疲れですね。」

「あぁ。だが死者を裁かねば死者は行き場さえなくしてしまう。私の仕事なのだ。」

ハデス様はそう言うとベッドに横になった。

「ではハデス様、おやすみなさいませ。」

死者を裁くとはどんな気持ちなのだろう…私には分からないけれど、ハデス様は死者の行き場を決めるという責任と長い歳月向き合っているのか。1人暗い廊下を歩きながらそんなことを思っていた。

「地上へ行ってくる。」

1日の仕事を終えるとハデス様は度々地上へ行った。私はハデス様が何をしに地上へ行くのか気になり後をつけてしまった。

たどり着いた先は空高く伸びている木が1本だけ生えている丘だった。ハデス様はその木に腰掛け空を見ていた。空には無数の星が瞬いている。

「…私にも心はある…。」

空を見上げながらハデス様が1人呟いたのだ。

(そう言えば、今日の裁きで死者に「あんたに心はないのだろう?」などと言われていたな…。)

帰ろう、そう思って踏み出した足が小枝を踏み音が鳴った。ハデス様と目があった。

「メークか。」

「はい…後をつけてしまい、申し訳ありません。」

「別に構わない。」

ハデス様はまた空を見上げた。静かな空気の中ハデス様が口を開いた。

「メークよ。この空に瞬く星はこんなにも綺麗なのに、天国へ逝く者、地獄へと堕ちる者、どちらの裁きを受けようとも、死者はもう二度と星を見ることはできないのだな。それを私は悲しいと思う。」

「ハデス様…。あなたは優しい冥王様ですね。あなたに裁かれた死者は幸せでしょう。中には罵る者も居るでしょうが、ハデス様は公正な裁きをしているだけですからね。まったく地獄行きの死者はーーブツブツ…」

私がブツブツ言っているとハデス様が吹き出した。

「帰るぞ、メーク。」

ハデス様が笑った…。

「はい、帰ったら疲れが取れますよう温かいお茶を淹れましょう。」

帰り際、ハデス様が言った。

「メーク、この場所は私の秘密の場所だから他言しないように。」

それが何だかくすぐったかったのを今でも覚えている。

ハデス様と過ごす歳月の中で見えてきたハデス様は、死者の気持ちを考えながらも公正な裁きを行い、心が疲れたら空を眺めに地上に行く。表情豊かではないが傷つきもするし笑いもする。

「メーク。」

…ぷに。呼ばれて振り返れば頬をささた。ハデス様は結構お茶目だったりもする。思っていた神様とは何もかもが違っていた。そしてあの日ー。

「地上で拾った。」

と言って見せたのは花のように笑う赤ん坊だった。ハデス様に命名されたサクラ様の可愛さといったら……

死神たちもサクラ様の可愛さにメロメロだった。

サクラ様のいる冥府はまるで冥府ではない場所のように笑いに包まれていた。その様子をいつも嬉しそうにハデス様は陰から眺めていた。

(死神たちはその様子を知っていたけど、ハデス様は素直じゃないですからね…)

私はそんな素直じゃない優しいハデス様にお仕えすることができて嬉しかった。それは死神たちも同じだった。

あれから13年。

「ねぇメーク!ハデスがまた子供扱いしたの!」

「そうですか。よしよし。」

「メーク。それは私のだ。」

はいはい、分かっていますとも。こんなに美しくて可愛いサクラ様に悪い虫がつこうものなら……相手に同情しますよ、私。

「ハデス様、サクラ様、お茶にしましょう。」

ハデス様を癒していた空に瞬く星はいつしか花のように笑うサクラ様に変わったこと、一体いつご自分の気持ちに気付かれるのでしょうか?

「コラ、一体いつまで拗ねている。」

「だって…」

「まったく。」

サクラ様を抱っこするハデス様。

「えへへ、大好き!」

「あぁ、知っている。」

サクラ様の前でどんなに優しい顔をされているか分かっていないのでしょうね。

あの日ハデス様の言った秘密の場所がいつしかサクラ様を含めた3人だけの秘密の場所になったことが嬉しかったのは内緒です。

「くっつきすぎです!!」

見守りつつもこれも私の仕事です。

「さぁお茶を淹れましたよ♪」


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