接触
「あれ?ハデスもメークもいないみたい。」
学校から帰ってきて真っ先にハデスの部屋に来たのにハデスの姿がない。
今日は休みだって言ってたのに。メークもどこ行っちゃったんだろう。
「さぁ、男2人で散歩でもしてるんじゃないの?」
クレアスは窓から外を見ながら言った。
「えー、私だって散歩行きたかった…。」
最近はハデスと2人で散歩に行っていない。少しだけ落ち込む私にクレアスが頭を撫でた。
「じゃあ、探しに行きましょうか。地下に。」
「え、地下?ってことは、ケルベロス!」
思わず出たはしゃいだ声にクレアスが笑った。
地下に来たのは久しぶり。
クレアスの持つランプが道を照らす。
「あなたってちっとも怖がらないのね。」
「そりゃあ冥府に住んでいるもの。」
2人の影が壁にユラユラと映る。
前に来たときはハデスと私の影が映っていたっけ。
私より大きなハデスは、影も私よりずっと大きかった。
奥から声が聞こえた。
ハデスかな。
「ほら、やっぱり居たでしょう?」
「うん!」
自然と足が早くなる。
ハデスに早く"ただいま"って言いたくて、
学校に行っているだけなのに、
やっぱり会いたくて……
「ハデス♪ただい…ま…?」
飛び出した先に居たのは、ハデスとメークと……誰?
慣れている冥府なのに、怖くなんてない地下なのに、その人が出す雰囲気に思わず足がすくむ。
「サクラ!」
ハデスの声と同時にクレアスが羽を広げ私を隠した。が、遅かった。
「これが冥府にいる人間か。」
その男は、気付けば私の背後に居た。
「上玉だが、まだ小娘。冥府の神ともあろうものが人間などに現を抜かすとは笑わせてくれる。」
ハデスよりも高い背。
ハデスよりも低い声。
闇を身に纏ったような黒い羽。
鋭い目は恐怖さえ感じるのに、ハデスにどこか似ている。
男の手が私の髪に触れようとした。
「下がれ、クロノス。」
ハデスが私を背に隠した。
「ハデス…。」
ハデスの背中に触れたら手のひらに生暖かさを感じた。
「え…何…?」
暗くてよく見えなくても、それが何かなんてすぐに分かる。
「ハハハ、情けないな、ハデス。
痛手を負ってどうこの娘を守ると?
まぁ、よい。
今日はただ挨拶に来ただけだ。戦いの時までに完治させておくがよい。」
「ひとつ聞く。ヘパイストスはどうした?」
「あぁ、奴はただ私をタルタロスから出る手助けをしただけだ。まったく馬鹿な男だ。妻を守るために易々と私を出すのだからな。
だがもう用はない。奴も12神。それ相応の借りを返さねばな。愛する妻と共に葬ってやろう。ハハハハ…。」
クロノスの笑い声が地下に響く。
「ヘパイストスを侮辱することは許さない。」
ハデスの言葉にピタリと笑うの止めたクロノス。
「あぁ…貴様には奴の気持ちがよく分かるだろう。
ハハハッ!
愚かで滑稽!
いいか、戦いの時はもうすぐだ。」
クロノスはそう言い残し、闇に消えるかのように姿を消した。
「……ッ」
ガクンと片ひざをつくハデス。
「ハデス!」
「「ハデス様!」」
メークとクレアスも声をあげる。
「私としたことが不意を突かれたな。」
ハデスは溜め息まじりに笑って見せた。
だけどその笑顔は辛そうだった。だって、この血……。
「サクラ、大丈夫だ。」
ハデスが私の頬を撫でる。
「ック…ヒック…」
こんなハデスを見るのは初めてで涙が止まらなかった。
「メーク、すまないが肩を貸してくれ。
クレアス、サクラを頼む。」
メークに支えられるハデス。
一体何があったの?
クロノスと呼ばれた男は誰?
どうしてハデスからあんなに血が出ているの?
怖いよ…。
途端に震え出す身体。
「大丈夫よ、サクラ。
もう大丈夫。部屋に戻りましょう。」
クレアスに手を引かれ、私たちは地下を後にした。




