気持ちに蓋を…
「では、こちらにサインを…。」
目の前に出されたのは"入学願書"と書かれた用紙。
隣にはクレアス。向かいの席にはロエンがいる。
今日はクレアスと共に学校に来たの。
初めての学校に朝から落ち着かなくて、そんな様子を皆に叱られた。
だって嬉しいんだもの。
きっかけはロエンの一言。制服に身を包み、楽しそうに笑う同世代の子達を羨ましく思い、私も学校に通いたいと思った。ハデスが地上の学校へ通うことを許してくれたから、私は此処にいるわけで…
少しだけ緊張しながらサインをした。
「お願いします。」
用紙を受け取ったロエンは嬉しそうに笑った。
「では、学校を案内します。えっと、お連れの方もぜひ一緒に。」
「えぇ、ありがとう。楽しみね、サクラ。」
「うん♪」
私たちはロエンの後を付いて回った。生徒たちは授業中らしく皆席に着いていた。時折、賑やかな声が聞こえたりして、私の心はワクワクしっぱなしだった。
「どうですか、サクラさん。この学校を気に入って貰えましたか?」
「はい♪この校舎も花の咲いている庭も、とっても素敵。ロエン、私を学校に誘ってくれてありがとう。」
「それなら良かったです。」
「宜しくお願いします。ロエン先生♪」
ロエンは恥ずかしがりながらも嬉しそうに笑った。
(クレアス)
「サクラ、学校に通うのは初めてなの。大丈夫かしら、心配だわ。」
珍しそうに校内をキョロキョロして回るサクラを見て言った。だってサクラがその場を訪れるだけで騒がしくなり、人々の視線が刺さる。こんな視線に気づかないのはサクラくらい。本当に心配だわ。
「大丈夫ですよ。僕がいます。」
「!!」
ロエンったら、なかなか頼もしいことを言ってくれるわ。好青年なのに頼り無さげな布屋の店主だと思っていたのは、勘違いだったみたいね。
「ふふ、先生ったらサクラにすっかり心奪われてしまったのね。」
途端に真っ赤になるロエン。
(クスクス)
ハデス様とはまるで正反対。容姿こそ美形なところは同じだけれど、自分の気持ちを見ないふりをする素直じゃないハデス様(単に鈍いだけなのか…)。自覚して顔を赤らめる意外にも男らしい素直なロエン。
「ねぇ、見てー♪池があるわ♪」
池を指差しながら笑顔をこちらに向けるサクラ。愛らしいその表情。花のような笑顔…これは困ったわね。恐らくロエンはサクラを知れば知るほど好きになるでしょうね。
冥府に来た時からずっとサクラを見てきた私たちがそうなのだから。
(冥府にて)
「と、いうわけでしたわ。」
クレアスから一通り話を聞いた。
「そうか。サクラが気に入ったのなら、それでいい。」
などと言いながら面白くないと感じる自分がいる。
「それより、ロエンはサクラに恋情が?」
聞かなくとも分かっているのに…。
「…さぁ、どうでしょうね(クスクス)。ですがハデス様、ロエンには安心して任せられる気がしましたわ。」
「……。まぁ、クレアスがそう感じたのなら、そうなのだろう。」
ロエンなら安心か…。
私が傍に居られないのだから仕方がない。
「ところで、サクラは?」
見回してもサクラの姿がない。
「サクラは部屋にこもって、"学校の準備" をしていますわ。」
学校の準備?何か特別に準備するものがあるのか…?
学校など遥か昔のことで記憶すら曖昧だ。
私はサクラの部屋に向かった。
(コンコン)
「はい。」
「私だ。入っても良いか?」
……?返事が返ってこないから勝手に部屋の扉を開けた。
すると、カーテンにくるまり、顔だけを出しているサクラがいた。
「ふっ、それは新たな遊びか何かか?」
その様子に思わず笑った。
「違うよ、今ね準備してたの。」
「その "準備" で何故、隠れる必要がある?」
「それは、その…。」
私はサクラに近づき、カーテンからサクラを出した。
恥ずかしそうな顔をするサクラ。
「よく似合っている。」
真新しい制服を着たサクラ。その姿はあまりにも新鮮に私の瞳に映った。
「本当?変じゃない?」
「本当。変じゃない。」
「(クスクス)何か恥ずかしい。」
そう言って笑うサクラ。そんなサクラを愛おしく思う。
「サクラ、私は一緒には行ってやれないが、クレアスがいてくれるしネックレスもある。それに、ロエンも…。」
「うん。私、大丈夫だよ?」
「あぁ、だけど、心配くらいさせてくれ。」
私はサクラを見てため息を吐いた。
大丈夫とは簡単に言ってくれるが、甘え癖のあるサクラだからな…。
「ロエンには甘えちゃダメ。分かった?」
サクラの頬をつまみながら言った。
「ふぁかっは。(分かった)」
「(クスクス)」
サクラが小指をだした。
それはサクラの幼き日に散々した指切り。
ふっ、まったく。
指切りなど、まるで子供。
…なのに私の指に絡まる細い指はそう思わせてはくれなかった。
指先から伝わる熱に思わずサクラを抱き締めた。
「ハデス?」
私は今何を…。
「お休み、サクラ。」
私は冥王でサクラは人間なのだ。




