アフロディテの恋
美と愛の女神として誕生し、誰もが私に惹かれるのが当たり前と思っていた。遥か昔の幼少期は可愛いと言われ続け、いつしかその言葉は美しいに変わっていた。なのに、いつだって私を気に止めてくれない者がただ1人…
それがハデスだった。
初めて彼を見たとき、その端正な顔立ちに惹かれた。
「ねぇ、ハデス見て!髪型を変えてみたのよ♪」
「……。」
次の日も、
「ハデス!この服似合っているでしょ?」
「……。」
次の日も、
「ねぇ、ねぇ、ハデス♪」
「……。」
ハデスはいつだってニコリともせず無口だった。
いつしか私を特別視しないハデスを振り向かせたくなっていた。
そんなある日、ハデスがゼウスに冥府を支配するように命じられた。
「ハデスが冥王に…?」
「うん。兄上が冥王に相応しいと思ったからね。」
最高神のゼウスには誰も逆らえないけど、どうしてゼウスがハデスを誰も寄り付きたくもない冥府の神にしたのか…その時は分からなかった。だけど、後にヘラから聞いて納得した。ゼウスはハデスを心から信頼していたのよね。
ハデスがいよいよ冥府に行く日がやってきた。
「本当に冥府に行っちゃうのね。ハデスが居ないと寂しいわ。」
ハデスが無言のまま私を見て言った。
「ふっ、アフロディテは別に私が居なくても涙も出ないだろう?」
初めてハデスが笑った顔を見せた。
冥府に行く別れの日だというのに、それは私がずっと見たかった笑顔だった。
それから長い歳月の中で、ヘパイストスという火山の神と結婚した。
恋に落ちたわけではない。特別に惹かれたわけではない。ただヘパイストスの求愛に私が折れた。まるで、ハデスを振り向かせたいと思っていたあの頃の自分のようだった。
ヘパイストスは優しくて寛大ゆえに、恋に自由な私を許した。そして彼自身も自由だった。
私はヘパイストスの妻になり、ヘパイストスは私の夫になったけれど、それはただの形だけ。あんなに求愛された日々は遠い過去。
生活を共にすることもなければ、一緒に過ごすことなどもない。
(これが結婚だなんて、なんて寂しいのかしら…)
幾度となくそう呟いては、私を愛してくれる者をさがした。
目の前にいるゼウスとヘラに目をやる。
長い歳月を共にしているというのに、いつまでも変わらない2人。
「ふふ、あなた達が羨ましいわね。」
「「??」」
「私も恋がしたいわ。」
あの日、ハデスに言われた言葉を思い出す。
ゼウスが不思議そうな顔をして言う。
「君は美と愛の女神なんだから、恋ならいつだってしてるでしょ?」
してると思ってた。でも違うのよ。
「私は相手を想って涙を流せるような恋がしたいの。」
あの日の私は冥府に行ってしまうハデスに涙さえでなかった。
その時に思ったの。
ハデスへの気持ちが恋ではなかったんだと。
オリュンポスで久しぶりにハデスに会った。ハデスはあの頃のままのハデスに見えていたけど……。
あの子の前では優しく笑い、あの子がいなくなったというだけで取り乱した。
あのハデスがこんなにも変わるなんてね。
私にはあんな顔させることはできないわ。
「あーあ、私も誰かを心底想い、想われたいわ。」
女神らしかぬ呟きにヘラが言う。
「あなたにも必ず現れるわよ。あなたの全てを愛してくれる人が。」
そうね。もしもそんな人が現れてくれたら…
「そしたら私も心から愛することを誓うわ。」




