親心
サクラから言われた言葉に返す言葉が一瞬見つけられずに黙ってしまった。
学校…それは行かなくちゃならないものなのか?
それも、あの青年がいる学校に。
引き留めることなど、どうして私ができよう。
不安を浮かべながらもキラキラとした顔を見せるサクラ…。
サクラの望むことは叶えてあげたいと思う。サクラには人としての人生がある。
ただの人間の少女なのだ…。
そもそも日中は私には裁きの仕事があるし、サクラはその時間帯に地上の学校に行くのであって、何も地上で暮らすわけではなく、ここ(冥府)から通うのだから何も変わらないだろう。
サクラを見るとクスクスと笑っている。
「何が可笑しい?」
「だって、ハデス、色んな顔してた。」
まったくコイツときたら…
私はサクラの隣に腰掛けた。
「許可する。ただし必要以外はすぐに帰宅すること。」
「いいの?」
「ダメと言ってほしいのか。」
ギュッ。
「やだ…ありがとう。」
サクラが私にこう抱きつくのは何度目だ?サクラのお願いを聞くと必ずこれだ。
「(クスクス)それから、私以外の男とはあまり親しくならないように。」
「うん、男?」
「そう、約束。」
「うん。」
私はサクラの頬に手を添えた。
少しだけ頬を赤く染め微笑むサクラ。まったくもって心配だ。
今まで一人で地上に行かせたことなどない。必ず、私かメークかクレアスが一緒だった。サクラに目を光らせる輩がどれだけいるか…。ロエンもその内の一人であろう。
「はぁー…」
「どうしたの?」
サクラが私を見上げる。
「親心とはこういうものなのか…。」
「?」
サクラに見つめられて思わず顔を背けた。
「取り敢えずハロウィンパーティーをするのであろう?メークが色々考えていた。」
「うん♪衣装も考えなくちゃ♪クレアスが部屋で待ってるんだった!」
席を立つサクラの腕を引き私に抱き寄せた。
「お前の胸の内が聞けて良かった。」
ギューっ。
「大好き。」
「知っている。」
私か、サクラのか。2つの心臓が脈を打つ。
……トクン…トクン
………。
「コホン!ずっと気を遣っていないフリをしていましたけど、はい!そこまで!」
メークの手が私とサクラの間に落とされた。
「忘れてた。」
「えー、メーク居たっけ?」
「まったく!あなたたちは…。サクラ様はクレアスがお待ちですよ。お部屋にお戻りを。ハデス様は明日の死者数の確認を。」
サクラはメークに部屋を追い出された形で出ていった。
しまった。メークがいるのをすっかり忘れていた。
さっきサクラを抱き締めたときに感じたあの感じは一体何だったのだろう。
「アレも親心か…?」
するとメークがため息混じりに笑いながら言った。
「世の中ソレが親心と言うなら親は大変ですね。」
「そういうものか。」
「えぇ。恐らく。
…まぁ、親になったことがないから分かりませんけどね。」
と言葉を付け足した。
「私もだ。」
そんな会話が何故か可笑しくて笑った。
「それより、ハデス様。ハロウィンパーティーはどのような仮装をされますか?」
「仮装など誰がするか。」
「ちょっとくらい可愛い要素などをいれてみては?」
「私はしない。皆で盛り上がると良い。」
「サクラ様が喜びますよ。」
「…。」
「サクラ様の仮装はさぞかし可憐でしょうね。」
「…。」
メークといい、クレアスといい、同じことを言う。
「まったく、仕方ない。」
「(クスクス)では、私は失礼しますね。ハデス様の仮装は私にお任せを。」
まぁ、メークに任せておけば変なのにはならないだろう。
「メーク。私が選択を間違えたら叱ってくれ。」
「はい。ハデス様の選択は間違ってはいませんよ。大切な者の背中を押すのは当たり前です。」
そうだ。私はサクラが大切だ。私の気持ちをメークが肯定してくれた。
「ありがとう。」
メークは部屋から出ていった。
いつかサクラが地上で暮らす時の予行練習なのかもしれないな。
たかだか昼間だけだというのに…困ったものだ。
「サクラはいつまでも小さな子供ではありませんわ。」と言ったクレアスの言葉が脳裏をよぎる。
分かっていたつもりで分かっていなかったのかもしれない。小さな少女だったはずがいつの間にか成長していたんだな。その成長を嬉しく思う反面寂しくも思う。
「あぁ、本当に親心というものは辛いものだ。」
自嘲ぎみに呟きベッドに横になった。




