ハデスのお話
今夜の地上は無数の星が輝き月が辺りを明るく照らしていた。
「天の川ないのにすっごく綺麗だね!夜なのにこんなに明るいなんて♪」
サクラが声を弾ませて言う。
確かに。よほど天空の神に良いことでもあったのか。まぁ想像はつくが…。
「それで?私の何が知りたいと?」
丘の上の木に腰掛けた。
「知りたいのは、手紙もだけど、ハデスのことも知りたい…。」
「私のこと?」
「うん。」
「サクラが私のことを知りたがるなんて初めてだな。」
「そうだっけ?」
13年間の中で初めてだった。サクラが私を知りたいと言ったことが…。私が話そうと思ったことが…。それを何故だか嬉しく思ったのも、初めてだった。
「では何から話そうか。私はこう見えても冥府の神、冥王で、死者を裁き、死者に行き場所を与えている。」
「(クスクス)知ってるよ!」
と、サクラが笑って言った。
「ハデスは冥王を嫌になったことはないの?」
嫌になったことか…。
「…嫌になったことなど数えきれないほどある。だが、それが私の冥王としての務めだから仕方ない。世の中に嫌にならない仕事などない、それは地上であろうが何処であろうが同じ。それに、お前が来てからの日々は騒がしいからな。嫌になってる暇などない。」
「ハデスまでクレアスと同じこと言う。」
クレアスもか…成る程。
「皆、サクラに救われているのだな。」
「??」
「私はね、サクラが来るまでは、ただ日々を繰り返し過ごしていただけだった。何にも興味も関心もなく、冥府にやってくる死者を裁く、ただそれだけの日々。それを当たり前と思い長い歳月を過ごしてきたんだ。
あの日サクラの泣き声を聞くまでは、私の心は空っぽだったのかもしれないね。小さなサクラは暗かった冥府を明るくしてくれたんだ…(クスクス)。」
当時の光景を思い出し笑ってしまった。
「あの時の死神達ときたら…(クスクス)。」
「ハデス、笑いすぎ。」
「すまない。だが、私がこう笑うのはサクラのおかげなのだから許せ。私はこんなに笑わなかったのだ。」
「本当?」
「本当。」
サクラが満足そうに笑う。花のように笑うサクラが月明かりに照らされて、少しだけ心臓が跳ねた気がした。
「ねぇ、ハデス。あの手紙は何だったの?」
そうだ、本題はこっちだった。
「あの手紙はオリュンポス宮殿という天空にある場所から届いたのだ。」
「オリュンポス宮殿?」
「あぁ。神々が茶会を開いたりする場所だ。」
サクラが、へぇーっと少し高い声を出した。
「そこで、また茶会が開かれるらしいが…サクラも一緒にと記されてあった。」
「私が?」
「神々の茶会など行きたくはないが、長年手紙を無視し続け、サクラの名前の記された手紙を黒猫が持ってきたとなれば、出席せざるを得ない。ハァー。陽気な神々の集まる場所になど行きたくないが仕方ない。」
「ハデスがそんなに行きたくない場所に私も行くの?」
「安心しろ。メークとクレアスも連れていく。」
「本当!?神様達のお茶会だけどいいの?って人間の私がいうのも変だけど…。」
「構わないだろう。神々の茶会とは言え、いるのは神々だけではない。精霊たちもいるからな。」
数時間前、裁きを終え部屋に戻った私の部屋に鬼の形相のクレアスと連れられたメークがやってきた。
「ハデス様!サクラがお茶会に出席するなら私も行きますわ!」
「申し訳ありません。ハデス様。クレアスに話したところ、この通り聞く耳持たずで…。」
「大体!サクラをオリュンポスに連れていくということは、狼の群れに可愛いうさぎを放つのと同じ事。どうするのです?ハデス様。あなたが目を離した隙に狼に狙われてしまうかもしれませんよ。」
「それは絶対ダメです!なんとしてでも阻止しなくては!私たちのサクラ様が狼の餌食に…!!」
意気投合した2人。まぁ、確かに…
「ならば、お前たち2人も連れていこう。サクラの護衛を頼んだ。」
…と言うわけだ。狼を仕留めそうなさっきの2人が居れば、より安心できる。
「他に知りたいことは?」
「じゃあ最後に…、ハデスは望んで冥王様になったの?」
「望んだわけではない。だが、冥王で良かったと思える。」
「私もハデスが冥王様で良かった♪」
隣で笑ってくれるサクラがいる。冥府の神になどならなかったら、私はサクラを見つけることはできなかった。
「ハデス、私に話してくれてありがとう。」
私はサクラの頬に手を当てた。こうやって触れられる距離にサクラがいる。
「では、帰ろう。冥府へ。」
今は心から思う。冥王が私で良かったと。
その頃、天空では…
「ハデス様がお茶会に!?一体いつぶりかしら!?」
「大変!大変!一大事だわ!!」
精霊たちがはしゃいでいた。
「まったく兄さんは可愛いお姫様のためなら、お茶会にも参加するんだから…(クスクス)」
「あら?ゼウス様もハデス様に会えるから嬉しいの?」
「そうだね。兄さんにも会いたいけど、僕が会いたいのは可愛いお姫様の方♪」
「ゼウス様ったら、すっかりご機嫌ね。」
きっと僕の機嫌の良い今宵の地上は無数の星が目映いばかりに輝いているね。
ねぇ、兄さん。




