その黒猫は…
猫って喋るんだっけ…?猫は私の心を読んだかのように言った。
「普通は話さないよ。地上ではね。」
「猫…さんは、私を知っているの?」
さっき''サクラちゃん''って…。
「知っているよ。冥王が人間の子を拾ったって話は噂になったからね。だけど、こんなに美少女だとは思わなかったな。」
猫は私にすり寄ってゴロゴロと鳴らした。
「冥王が隠しておきたいはずだね。」
「あなたもどこかの神様なの?」
「さぁ、どうだろうね。でも神々のことならよく知っているよ。」
「じゃあ、猫さんに1つ質問を…。」
「あぁ。構わないよ。」
気になっていたこと…ハデスを嫌いだと噂のゼウス様のこと。
「どうして、ゼウス様はハデスを冥府の神様にしたの?」
「それはね…」
猫は私から離れ窓際に座り、光もない暗い冥府を眺めた。
「彼が冥王にふさわしいと思ったからだよ。彼は口数が多いわけでもないし、表情が豊かなわけでもない。愚痴や不満を漏らしたりもしない。他の神々とは違う彼なら死者を笑わず、公正な裁きができると判断したんだよ。」
それはゼウス様のハデスに対する絶対的な信用。
「でも、ゼウス様はハデスが嫌いだって…。」
「そう思われても仕方ないかな。神々の誰もが冥王になるのを嫌がっていたからね。嫌いなものか…。きっと嫌われてしまったのはゼウスの方。彼だって冥王になどなりたくなかっただろうね…。」
そう言って猫は寂しそうに笑った。
「私は昔のハデスを知らないけど、私の知っているハデスは穏やかで死神たちに慕われ、ケルベロスを可愛がり、人間の私を拾って傍においてくれた優しい神様なの。私はハデスが冥王様で良かった。じゃなきゃ私はここには居なかったよ。ハデスに出会えたことが嬉しくて、こうして冥府に居れることが幸せなの。
だからね、ゼウス様にはハデスを選んでくれてありがとうって思ったの。
ハデスはね、きっとゼウス様の気持ちを分かっているよ。」
猫は目をぱちくりさせ、少しだけ嬉しそうに言った。
「ありがとう。その言葉でゼウスは少しだけ救われたかな。」
猫は窓際から降りると私の傍にやってきて1通の手紙を出した。
「これを冥王に渡してほしいんだ。さてと、僕はもう行くよ。君と話ができて良かった。僕が話したことは秘密だよ。」
猫はそう言うとベランダに出た。
「待って、猫さん。もしかしてあなたはゼウス様なの?」
だってとても寂しそうだったから…。
「どうかな。だけどね、またすぐ会えるよ。サクラちゃん、またね。」
猫は暗がりの中へと行ってしまった。
またすぐ会えるとはどういうことだろう。
私はまたベッドに横になった。
それにこの手紙…。一体何が書いてあるんだろう。気になりつつもたちまち眠たくなってきた。
明日起きたらハデスに渡しに行こう。
今さっきまで喋る黒猫がいたなんて、目覚めたら夢かもしれない。私はそのまま眠りについた。
「サクラちゃんと出会った彼を羨ましいと思ってはいけないね。」
黒猫はサクラの部屋の窓を見つめ姿を消した。




