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冥府に咲く花  作者: rumi
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冥王ハデス

ここは地底の奥深く、光が射すこともない冥府。死者がこの場所を訪れ、天国行きか地獄行きかに裁かれる。そんな死者たちを裁き死者の国を支配する神がハデスである。


「あぁ冥王様、どうか地獄行きだけはお許しください。」

許しを乞うこの者は散々悪行を行い、酒を浴びるほど飲み死に至った愚かな者だ。

「お前が許しを乞う相手は私ではない。己の悔いを地獄で改めよ。」

「そ、そんな…情けもない悪魔め…」

「…連れていけ。」

愚か者は死神によって地獄へと連れていかれた。天国へと逝く者、地獄へと堕ちる者、私の判決ひとつで死者の行く道は決まるのだ。


それにしても、よくもまぁ毎日毎日人間が死ぬものだ。人間という生き物は実に弱くて脆い。

私には寿命と言うものがないが、年はゆっくりながらもとってはいる。ゼウスに命じられ冥府に来てからどれ程の歳月が過ぎたかは分からない。だが、アレを拾ってからは13年が経った。アレとは…

「ハデスー!お仕事終わった?」

勢いよく部屋の扉が開き私に抱きついた娘。

コレがアレなのだ。

「終わったが、勉強は終わったのか?」

「終わったよー。ねっメーク。」

「失礼します。

えぇ。ですが、サクラ様も13歳のお年頃。くっつきすぎです。」

メークと呼ばれた男は死神だが少し口うるさい私の執事のようなものだ。

「えぇー。くっついちゃダメなの?」

「別にダメではない。」

「ハデス様!まったくあなたは…サクラ様に甘すぎます!」

「メークのケチー。」

「ケチじゃありません!」

ギャアギャアとなんて賑やかな…と言うよりうるさい。こんな会話が日常茶飯事になるなんて思いもしなかった。

サクラを拾ったのは13年前。あの日死者の裁きに疲れ、息抜きにと地上へ出た。すると赤ん坊の泣き声が聞こえたのだ。

声のする方へと行ってみれば、古井戸の傍に籠に入った赤ん坊がいた。

「捨てられたのか?」

泣いている赤ん坊に呟いてみれば途端に泣き止んで私に笑いかけた。ニコニコと笑う赤ん坊に私は気まぐれを起こして冥府へと連れて帰ったのだ。


「ハデス様!なんですか!?この赤ん坊は!?」

「地上で拾った。」

「拾ったって…。人間の子じゃないですか!?」

「しかも女の子!」

死神たちがわらわらと集まり騒ぎだした。その時だった。

「キャッキャ」

見れば赤ん坊は私の指を握り笑ったのだ。騒いでいた死神たちが一斉に静かになった。

「おやまぁ、可愛いですねぇ。」

「まるで花のような笑顔!」

「えぇ。こんな場所に花が咲いたかのようですな。」

「ハデス様の指を握って…なんて愛くるしいのでしょう。」

口々に死神たちが言い、自然と皆笑みを浮かべていた。花か…。その様子を見た私は言ったのだ。

「メーク。この赤ん坊の名前を決めたぞ。サクラだ。」

「サクラ?冥府におくつもりですか?人間の子を?」

「あぁ。サクラを拾ったのは私だ。私が決める。それに見てみよ。皆の顔を…。冥府にてこんなに穏やかな時がかつてあっただろうか。」

メークはしばし死神たちを見てため息混じりに言った。

「仕方がありませんね。大切に育てましょう。花のようなサクラ様を。」


サクラが来てからの冥府は毎日が騒々しかった。死神たちは育児の本を読み始め、必死になってサクラの世話をしていた。サクラが歩き回るようになると、どこかにぶつかるのではないか、転ぶのではないかとハラハラし、一層死神度が増していた。それでもサクラが笑えば皆が笑うのだ。

サクラはいつも私の後を追い私にくっついてくる。人間とは変わった生き物だとその時はそう思っていた。


「…てる?ねぇハデス?」

いつの間にか私の膝の上に座って私の顔を覗き込んでいるサクラ。メークがため息をついている。本当に幼き日と何一つ変わらない。

「いや、聞いていなかった。」

「もうー。」

「ハデス様、今日はサクラ様の13歳のお誕生日でございます。ほら、お降りになって。」

「そうだよー。誕生日♪」

ピョンッと膝の上から飛び降りる。

あぁ、知っていると も。

「13歳にしては随分とちんちくりんだな。3歳の間違いでは?」

「違うもん!」

頬を膨らましたサクラの無駄に柔らかい頬をつねりながら言った。

「はいはい。では今宵も地上を散歩するとしよう。」

「わぁい♪用意してくるね!」

サクラの誕生日には決まって地上を散歩する。それは夜空に流れる川を見るためだ。サクラを拾った日は七夕と言われる日だった。七夕の話をしたらサクラは目をキラキラさせていた。その年の誕生日から毎年7月7日は地上を散歩するようになった。

「本当によく笑われるようになりましたね。」

メークが閉まった扉を見て言った。

「まったく、うるさくてかなわない。」

誕生日にあの喜びよう。私にはよく分からないが人間にとって誕生日とやらは、そんなにめでたいものなのか。

「いいえ、私が仰ったのはハデス様のことですよ。サクラ様が冥府にいらしてから、表情が豊かになられました。」

「?」

「サクラ様が笑いハデス様が笑うと、まるでここが冥府であることを忘れます。」

確かにサクラは冥府にはないものをもたらしている。死神たちやメーク、そして私にも。

「すっかり人間に感化されてしまったな。」

「…ハデス様。今宵の地上は少し冷えますから、羽織ものをお持ちいたしますね。」

「あぁ。すまない。ありがとう。」

微笑みを浮かべたメークは

「それから、ハデス様は以前よりもお優しくなられましたよ。」

と言い部屋を出ていった。

あの日気まぐれで人間であるサクラを拾ったことは間違いではなかったのか。

サクラが大きくなるにつれその疑念はますます膨らむばかりだ。だが、いつかはこの手から離れる時が来るのであろう。その時にサクラにとって冥府が良い思い出になってくれたらいい…。




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