今世は逆ハーヒロインに
普段あまり使っていないので、高貴な方の言葉遣いが微妙だったり、間違っていたりするかもしれません。優しく諭してください。
前世、わたしの人生はチョロかった。
ただ、それは死ぬ直前まで。
わたしは生まれた時から、可愛いと言われ続けてきた。十二歳で国民的アイドルグループの一員になり、その期のデビュー曲ではセンターを務めた。人気投票も十位、五位、四位、三位、三位と年々上がっていった。そしてやっと不動の一位と二位が卒業したので、次はわたしがトップになるはずの十八歳の時、わたしはキモオタファンに殺された。
原因はプライベート動画の流出だ。
男性アイドルグループの人気バックダンサーで次期デビューと目されたボーイズたちとの動画だ。裸や行為は映っていないが、もろバレだった。わたしは謹慎中、コンビニに行こうとした時にめった刺しにされた。
「わたしの天下目前だったのに」「来世も必ず男を振り回す」「逆ハーヒロインになる」「王太子だってイチコロよ」
キモオタに指されながら、わたしは願った。次こそトップを取ると。
そして、まさか、ほんとに転生できるなんて思いもしなかった。
今世のわたしはピンクブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ男爵令嬢だ。わたしが微笑めば、誰もが頬を染めた。幼い頃より美貌で有名になり、名立たる家から求婚されていた。これって、どう考えたって乙女ゲームの総愛されヒロインでしょう。
この国には貞操観念というものがないに等しい。婚姻前であろうと婚姻後の不倫であろうと、よくある事だ。愛される事は正義だ。
実際、王立学園に入学してからもわたしは多くの殿方からお誘いを受けている。
わたしは自分の価値をよく知っているので、そう簡単に誰とでもいいという訳にはいかない。だって、目指すは逆ハーヒロインなのだから。トップにならなくては、転生した意味がない。
学園には王太子の婚約者だと言う悪役令嬢がいた。
わたしがする事に何かと難癖をつけ、虐めてくる。あれをしろ、これはするなとうるさいったら堪らない。わたしが何をしてもみんなは可愛いと言ってくれるから、嫉妬しているに違いない。わたしを貶めたり、罠に嵌めたりしている、誰もがそう思っている。
あの悪役令嬢は、わたしと王太子殿下という愛し合う二人を邪魔している。わたしは殿下とは運命の番なのだから、殿下から身を引くべきだし、わたしだけが殿下を変えられるのだから。
ただ、初夜に初めて完璧な儀式をする必要があるから、殿下とは身体を重ねる事は出来ない。でも、わたしが他の方々と閨を共にするのを傍で見ていたいと望んでいた。わたしと満足のいく初夜を迎える為に。わたしがどうしたら感じるのか知りたいようだった。
その為にわたしは、公爵家の子息、宰相の子息、近衛騎士団長の子息、総大聖職士の子息、ギルトマスターの子息と閨を共にしつつも、殿下を想いながらしていた。まぁ、五人それぞれやり方が違うので、わたしもそれなりに楽しんでいたけれど…。
そして、今夜は殿下たちの卒業パーティ。
あの悪役令嬢を断罪し、わたしが王太子殿下の新しい婚約者として紹介される日。
わたしの周りには王太子殿下をはじめ、いつも側にいてくれる六人の殿方がいる。このパーティでの主役は今日もわたし。だってわたしがトップなのだから。殿下の未来の妃なのだから。
来月の社交界デビューでは、わたしが正式な婚約者だと発表されるだろう。
少し、大広間がざわついた。悪役令嬢の登場だ。イヤでも目についてしまう。豪華なドレスに宝石。しかも、ティアラまで。似合っていないのに。金持ちが金に物を言わせているだけ。この中で一番、可愛らしく、愛されているのはわたしだから。たとえ身に付ける物が高価でなくても。
殿下が一歩前に出る。右手を軽く上げて音楽を止める。合図だ。
「クリスティーナ公爵令嬢、こちらへ。今夜、皆に話したい事がある」
悪役令嬢はそれまで着けていた微笑みの仮面を一瞬引き攣らせた。この先にどんな事が行われるのか感じ取ったのかもしれない。抗う事ができないバカな女はゆっくりと殿下の下に進んでくる。
わたしは殿下の未来の妃として今こそサポートしなくてはいけない。殿下だけを悪者にしない為に、わたしが断罪をしなくてはいけない。
「お待ち下さい、殿下。ぜひ、わたしに話をさせて下さい」
辺りが静寂に包まれる。皆がわたしを見つめる。主役が誰だと知っている。
悪役令嬢もわたしを見入っている。震えながら微かに首を振っている。口をパクパクと動かして、何かを伝えようとしている。今さら遅いのよ。
「クリスティーナ公爵令嬢、あなたの悪事によって、わたしは辛い思いをしてきたのです。あなたの行いは未来の王太子妃に相応しくないと誰もが知っているわ。よって、あなたは王太子殿下に言われる前に自ら婚約を解消するべきよ。」
悪役令嬢は真っ青な顔をすると、両手で顔を覆っている。後悔したってもう遅いのよ。殿下はわたしのものなのだから。あなたは今すぐ出て行くがいい!
「今の話は聞かなかった事にしましょう。さ、殿下、殿下のお話を聞かせて頂けませんか」
何を思ったか、悪役令嬢はわたしの話をなかった事にしようとしてきた。
周りがざわついてきた。皆がわたしを指さしながらひそひそ話をしている。未来の王太子妃に向かって、なんて無礼なの。わたしはぐるりと周りを睨みつけた。
そして、殿下へ顔を向けると……
殿下は悪役令嬢の側へ寄り、手を取ると手の甲に口付けをしていた!
「愛しい貴女が言うのならば聞いてあげないといけませんね。ただし、この後、おねだりに対する対価を頂かなければならないかな。ふふふ…」
「…どうぞ、お手柔らかにお願いします」
「では。……今夜、皆に話したい事がある。わたしと最愛のクリスティーナ公爵令嬢との婚礼の日が正式に決定された。一年後の卒業パーティの翌日に行う事となった」
大広間は拍手と大歓声に包まれた。皆が婚礼の日の発表に喜んでいる。
いったいどういう事なの?
悪役令嬢は嫌われていたんじゃないの?
殿下はわたしを好きだったんじゃないの?
わたしが驚きを隠せないまま凍り付いていると、背後から誰かに押されていた。バランスを崩して床に両手をついてしまった。
今までなら、誰かしらがすぐに助けてくれるというのに、わたしは倒れこんだままだ。いったい何が起こったのだろうか。わたしはヒロインなのに。わたしが皆に愛されているはずなのに!
ふと気づくと、わたしは警備の者たちに起こされ、大広間から出されようとしている。
なぜ?わたしはここにいるべきなのに。どうして?どこへ連れていかれるの?
「…いや!殿下!」
わたしは振返って殿下に助けを求めるが、皆に囲まれて祝福を受けている殿下の姿はまったく見えない。他の子息の方々を探すと、どうやら彼らはわたしの後に付いて来てくれているようだ。
ああ、良かったと、声を掛けようとすると、彼らもまた今までに見た事がない顔をしている。まるで止むを得ずというような顔だ。
声を掛けられないまま、別室へ連れていかれると、暫くしてから公爵家の子息、宰相の子息、近衛騎士団長の子息、総大聖職士の子息、ギルトマスターの子息の五人が揃って部屋へ入ってきた。
「皆さん、どうしたんですか?これはどういう事?」
「君は公爵令嬢に助けて頂いたんだよ」
「なんで殿下はわたしと一緒にならないの?わたしには愛人になれと言うの?」
「どうしたら、そんなにたいそうな自信を持てるんだ」
「君には何ができるの?何を持っているの?」
「貴族社会の定律や貴族としての作法さえ知らないのに」
「な…、なにを言っているの?わたしを好きなくせに!」
「君、知らなかったのかい?わたしたちが君の御父上に代金を支払っていた事を。閨教育の為にね。愛する婚約者に素晴らしい完璧な初夜を迎えさせる為に」
「わ…、わたしは売られていたの…?」
「それは違うよ。ただ君は仕事をしただけだ」
「でも、その仕事も終了だね。君が学園に残るか残らないかは男爵次第だろう」
「あんな事を言っておいて、学園に残れるとは考えられないんじゃないかな」
「でも、公爵令嬢はお優しい方だから」
「そうだな。あんな素晴らしい方は他にいらっしゃらない」
「今夜のお姿もお美しかったな」
「あれはすべて、殿下が選んだらしい」
「さすが殿下。とってもお似合いだった」
「ああ、殿下のご寵愛がよくわかる」
もう、誰もわたしの事など見ていなかった。
彼らはわたしの存在を忘れたかのように、ここにはいない女の話をしている。
そして、部屋を出て行ってしまった。わたしを置いて…。
この学園に入学してから、わたしの周りには彼らしかいなかった。殿下と彼らに必要とされれば、わたしは幸せなヒロインになれると信じていたのだから。
彼らは卒業し、わたしからも去って行った。これからわたしはどうなるの?友だちなんて誰もいない。これからできるのだろうか?
ありえない!!だってわたしは総愛されの転生ヒロインだったのに!!
さっきまで完璧だったのに!!
どこをどう間違ったの?
わたしの転生人生はこれからどうなるの!?
今世のわたしの人生は最悪になりそうだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この話の基になった「今世は悪役令嬢に」ですが、ムーンライトなので、18禁です。
気になる方で、それでも良ければぜひ読んでください。