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オリーブの花かげに  作者: 入峰いと
お仕事、婚活
8/27

 私はどきどきしていた。千年も前の、名も無い誰かのお皿の破片が、私の手の内にあって、その二つの向きをいろいろと試しながらあわせてみると、ある一箇所で、ぴったりと、そう、千年振りに一つになったのだ。


「ビートンさん、これとこれ、つながりますわ」


そうお伝えすると、ビートンさんにとってはごく当然のことのようで、


「そうですか、図のどのあたりになりますか?置いてみてください」


と禄にご覧になろうともせずにおっしゃった。私が書いた円形の上に、つながった二つの破片を並べてみたけれど、もともと縁の曲線から推測された二つの破片とは、厚みも、反り具合も違う。


「なんだか、そぐいませんわ」


ビートンさんは眼鏡を持ち上げて検分され


「この2つは、色は似ていても傾斜が違います。鉢か杯ですね」


と別にとりおかれた。私は落胆のため息をついた。一方、ビートンさんは、楽しげで、


「ブルクスアイド嬢、これはなかなかおもしろい方法です。厚みと反り、そして口径からの分析がぐっと容易になります。あなたがこれを進めていただきたい。当面、御前様はこのチェストにある破片の研究に注力なさるはずですから、さっきのように同じものの破片とわかるものをできるだけまとめて、さっき私が書いたように、どうつながりそうか、略図を作るのです。ぴったりつながるものは、膠かなにかでくっつけてしまえればいいのだが」


と語った。


「膠ならございますが、器の欠けたところの修理にはちょっと。熱いものを容れると溶けますですよ」


と女中が答えた。


「いや、普通の皿や椀と違って、湯を入れたりしないから構わんよ。今すぐでなくていいから、ブルクスアイド嬢が使えるように手配してくれ。今日のところは、これだけ箱詰めして、明日発送できるように、準備を頼む」


私たちは、急いで新聞紙を丸めて木箱の隙間に詰め込み、蓋をした。召使が金槌を持ってきて蓋をうちつけた。ビートンさんは両手をこすり合わせて、


「いや、どうもありがとう。これからの研究が実に楽しみです」


と箱を見つめて、にっこりなさった。


「あの、膠で貼り付けるとおっしゃいましても、私にはうまくできますかどうか」


昔から、手先は不器用なので、貴重な古代の破片を壊してしまうのではないかしら、と私は不安を覚えた。


「なに、難しくもありませんよ。まあ多少匂いもありますので、気になるようでしたら、誰か召使にやらせればよろしい。スナイスに相談なさい」


「ええ、そういたします」


私は安堵した。


 御前様がご帰宅されて、4人での晩餐となった。翌日は、御前様とビートンさんはご一緒に大学へ赴かれ、論文を掲載する雑誌の担当者とご用談なさった後、午後の汽車でビートンさんは御領地へ戻られる予定と伺った。となると、ラテン語講座は今日限りだ。私は夕食後、部屋に戻ってノートを読み直した。辞書を引けるようになればよいというのが目標だったので、たぶん達成できていると思いたい。


 翌朝は、朝食後に奥方様がお出ましになり、例の木箱を自動車に積み込んでご出立なさるところを、お見送りすることになった。お玄関先で、ビートンさんは私にむかって、


「やあ、ブルクスアイド嬢、本日もなにかお菓子をお持ちでしたら、喜んでいただきますよ」


と声をかけられ、私は恥ずかしくて、両手を左右に振りながら、


「いえ、まさか、持参しておりません」


と反論していたのが、奥方様と挨拶を終えて出てこられた御前様のお耳にとまって、


「ビートンはブルクスアイドに菓子をもらったのか」


とお尋ねになった。


「ブルクスアイド嬢は手提げにお菓子を入れておいでなのです」


「なるほど、甘いものが好きそうだな」


すぐにお二人は自動車に乗り込まれ、私は反論することもできないまま、頭を下げてお見送りした。

 

 自動車が前庭を通り抜けて見えなくなると、奥方様から


「やれやれ、慌しかったこと。ブルクスアイド、ちょっとお茶でもいただきましょう。私の居間へおいでなさい」


とお声がかかった。


「かしこまりました、奥方様」


 奥方様のお居間にお供して、お茶が整えられる間、私は今日の仕事の段取りのことなどをぼんやりと考えていた。奥方様がお茶を召し上がるのにご相伴するだけのつもりだったのだけれど、奥方様のほうは私と、内内にお話をなさりたい心積もりだったようだ。


「ブルクスアイド、ビートンに会ってみて、どうでしたか?」


いきなり直接的なことを尋ねられて、私は自分の指先から目を上げた。


「え?あ、はい、優れた学識をお持ちですのね」


「彼は、もともとはうちの領地の者ではないの。御前様の教え子だったのですよ」


奥方様は、あまり感心しないことのように


「出身は、南のほうの紳士のお家で、次男だから聖職者を目指したのね。神学を修めながら、古代史に熱心だったのを、ちょうどうちの牧師が高齢と言うこともあって、御前様が副牧師に任じられたの。それをいいことに、ご研究の手伝いばかりお命じになるものだから、困ったものだわ」


とおっしゃられた。


「まあ、それはそれは」


私には気の利いた返事などできない。


「昨日話していたでしょう、牧師夫人が体調を崩しているの。田舎の牧師夫人というのは、ある意味牧師以上に教会活動を動かしているもので、それはあなたにもわかるわよね、それをまあ、男というのは何にも考えないものだから」


奥方様はため息をつかれた。


「牧師夫人が、早く回復なさればよろしいですね」


私の出した答えに手を振って却下の身振りをなさった。


「まあ、年齢が年齢だし、関節の病というのは治りが悪いものですから、もしかしたらこのまま寝付いてしまうことになるかもしれません。そうなったら、教会がどうなることか」


「ずいぶん、しっかりしたお方のようですね」


「もちろんですよ。牧師の妻になるということは、それだけの働きが求められるのよ。ブルクスアイド」


私をちらっとご覧になった。


「ビートンはあのとおり、教会の活動に身が入らないので本当に心配だわ。せめて気の利く奥さんでもいてくれたら、話は別ですよ。献身的で、信仰に熱心な」


「ご実家のほうから、どなたかご紹介いただけませんの?」


奥方様はお笑いになった。


「私は、あなたを、と考えたのだけれど」

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