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オリーブの花かげに  作者: 入峰いと
さえない令嬢、首都目指す
4/27

 父は服装にうるさいところがあって、母も私も、衣装については父の好みにあわせる習慣になっていた。その父が、婦人のスタイルが大きく変わる時代だから、地方の仕立て屋では首都に出たときに見劣りする、これから首都で暮らすオリーブのためだと強く主張したので、私たちにはいやもおうもなかった。確かに、このたび首都に出てみると、若い婦人たちのスカートの量が軽やかになり、肩から袖のあたりもずいぶんすっきりしていることに気づいて、私はいつも以上に鈍重になったような気がしたものだ。


 父のめがねにかなった仕立て屋で、父は


「新しいものを」


と、胸高に切り替えしたデザインを勧め、仕立て屋は複雑な模様を織り出した絹地を何種類もならべた。私が迷っていると、母はライラックとモスグリーンに執着した。モスグリーンの生地は少し重苦しいように思えて、ライラックに決め、その代わり茶色の無地と刺繍のある薄手のモスグリーンを重ねた、少し気楽なドレスも作ることになった。


「こちらはコルセットなしでお召しいただきます」


と言われたが、自分の体型を省みると流石にそれは無理ではないかと思って、私はあいまいに微笑むだけにしておいた。


 帰りの汽車の個室で、父は衣装の話の続きのように、


「先日、アメリカの令嬢を紹介されたんだが、その人はこの春はパリだったそうで、流行は今世紀に入って急速に変化していると話していた」


と、言い出した。


「マーティンさんのお屋敷の午餐の折ですの?」


と母が尋ねた。私と母が出席していない会だ。私は準備でそれどころではなく、どうしても義理のあるところ以外は遠慮させていただいた。特にマーティン叔父様のところは親戚ゆえの気軽さでほとんどお断りしてしまった。父はうなずいて私を見た。


「バイゼリンク嬢という方だが、オリビアのこともご存知だったよ」


「ええ、先日ガーデンパーティーでご紹介いただきましたわ。はきはきした方でしょう」


「彼女はなんでも、大学出らしいね。アメリカの女子大学だそうだが」


「まあ、そうですの」


うらやましい話だ。


「女性を大学にやると、頭でっかちの老嬢ができるだけと悪口をいう人も居るが、なかなか社交的で、感じの良い方だったよ」


「アメリカからはご家族と一緒に来られていますの」


と母が尋ねた。


「ご母堂と一緒に、今はメイストーンに滞在中だそうだ」


「あら、あちらとなにかお話でもあるのかしら」


「どうだろう、資産家とはいえ、爵位がないわけだから、跡継ぎと娶わせるというのは老子爵の意に沿わないだろうしね」


「それはもちろんですわ。私が考えたのは弟さんの方よ。ほら、先日ご挨拶してくれた、カスターさん」


カスターの話題は、弟の恩人をおとしめるようで、あまり聞きたくない、私は両親から目をそらして列車の窓に目をやった。それでも耳まではふさぐことはできない。両親の会話が続く。


「あの彼は、ただの役人だろう、釣り合いがね。親が出すといっても、学生の間にずいぶん迷惑をかけたという噂だ、未亡人と」


「あなた、もう」


父はなにかまずい話題を出したらしく、母に小声でたしなめられて、言葉を切った。室内は列車の走る音だけになった。私は、何も聞かなかった。未亡人が誰でカスターが何をしたのかなどと考えてはいけない。父は咳払いして、


「とにかく、マーティンのところでは、今後もバイゼリンク嬢を招待するらしい。オリビアも親しくなれるとよかったのだが」


と私に話題を振ってきた。


「そうですわね、歴史がお好きと伺いましたので、お話する機会があれば楽しかったと思いますわ」


大学を出た才媛だなんて、考えるだけで気後れしてしまうが、父にはあたりさわりなく答えておいたほうがよい。私が首都に出てしまえば、もうお目にかかることもないのだから。


 さて秋物を首都でつくることになって、実家から持参する荷物が減ったものと期待して家に帰ったのだが、トランクの中身はそれほど減らなかった。ローレンスが学校へ戻る時期と重なっていたので、うちの料理人はローレンスが寄宿舎へ持っていけるように焼き菓子をこしらえては、


「これはお嬢様の分」


といっていくらか別に包んでくれるのだ。食べ盛りの男の子と一緒にされても困るけれど、気持ちがうれしくて、荷物の隅に押し込んだ。ローレンスはあれ以来、何かが変わったというわけでもなく、例年のように荷造りを女中にまかせて乗馬や散歩ばかりしていた。出発の日には家族で駅まで送った。汽車が来ると両親の肩を抱き、私には殴るまねをしておかしな顔をしてみせた。


「元気でね」


「オリーブもね」


その一瞬だけは、真面目な表情になって、弟はあっさりと旅立っていった。


 私はその3日後に、父と二人で逆方向の汽車に乗って首都に向かった。あいにくの雨だった。駅からシーゲル卿のお屋敷まで、タクシーに乗ったのだが、乗りなれない私はひどく気分が悪くなった。自動車くらい、先日だって普通に乗ったのに、支度でくたびれきっていたのと、雨で匂いがこもるせいだと思う。シーゲル卿のお屋敷の横手でタクシーがとまるやいなや、私は通りに降り立って、雨の中、溝に向かって嘔吐した。父はうろたえたし、無作法なのはわかっているが、我慢できるものではない。


 裏口から、雨傘を差した男性があわてて出てきて、私に傘をさしかけると、


「まだまだ出ますか」


と尋ねてきた。ひどい言われようだ。私が首を横に振ると、


「では中へ」


傘を差さないほうの手で私の腕をとって、ほとんど引っ張りこむような有様でお屋敷の中へ連れて行ってくれた。すぐに女中が帽子を受け取り、誰も居ない部屋へ案内してコルセットを緩めたり水を飲ませたりの手当てをしてくれた。私は有難く長椅子に横になって、少し眠ったらしい。気がつくと灯が点されていて奥方様が手を握ってくださっていた。


「気分はどうなの、ブルクスアイド」


「お、奥方様、申し訳ありません、大変失礼をいたしました」


奥方様は私の手を軽くたたいて


「かわいそうに、つらかったでしょう、お茶は飲めそうかしら」


とお尋ねになった。お茶はまだ無理そうだったのでお断りして、私はとりあえず起き上がって身ごしらえだけをした。


「ブルクスアイド氏は帰られましたよ。あなたのことは心配されていたけれど、帰りの汽車の時刻があるから」


私はこうして、たった一人、誠に見苦しい有様でよそのお屋敷に住み込むことになってしまった。


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