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オリーブの花かげに  作者: 入峰いと
さえない令嬢、首都目指す
3/27

 夕食後、ローレンスが


「ちょっと涼みにに出ない?」


と話しかけてきた。隣の棟とつながる渡り廊下の屋上が、私たちのお気に入りの場所だった。夏の終わりらしい夕風が吹き、星が少し見える。私は腰掛に座った。ローレンスは手すりにもたれて、片足で支柱を蹴っている。この子の足癖の悪いのはなかなか直らない。


「カスターは変わっていなかったね」


とローレンスが口火を切った。


「そうね、相変わらず、親切だったわ」


「僕はずっとカスターにお礼が言いたかった。でも会う機会がなかった」


彼は貴族の子弟として、これまでは貴族の社交界に出入りしていたのだろう。しかし、官僚になったということだから、私たちの出席するような会にも参加するわけだ、と私が考えていると、


「僕がオリーブを水路に落としたときにさあ」


ローレンスの声が震えている。


「ローレンス、その話はもういいわよ」


私はさえぎろうとしたが、ローレンスは頑なに話し続けた。


「あのとき、オリーブは許してくれたけど、最初は僕は怖くてね、許してもらえないと思って、厩に隠れていた、そこにカスターが来た。皆に本当のことを言わなくちゃいけない、オリーブは絶対に許してくれるから、オリーブを信じなさいって、僕に言いきかせた」


少し涙声になりながら、ローレンスは言う。


「もし、僕が正直に言わなくても、オリーブはいいつけたりしない。でもそのときはオリーブはうそつきになるし、僕は永久に卑怯者だって、僕は、それで、アダム叔父様のところへ、カスターがついてきてくれて‥」


言葉が途切れた。私は立ち上がって、私より大きくなってしまった弟の肩を抱きしめた。


「僕は、カスターのお陰で、僕なんだよ」


ローレンスはつぶやいた。


「あなたが勇気を出してくれたのが、嬉しいわ。私もカスターにお礼を言いたい。ローレンスを、私のローレンスのままに居させてくれてありがとうって」


弟がが身じろぎしたので、私は身体を離した。ハンカチーフを渡すと、洟をかんで自分のポケットに仕舞われた。まあ、洗濯のときに返ってくるからかまわない。私はあらためて腰掛けに座って星を見上げた。


「ごめん、みっともなかった。でもあのときの話、ちゃんとしてなかったからさ」


ずっと、家族の誰も持ち出さないようにしていた話題だった。


「そうね、話せるようになったのは、いいことだと思うわ。昔のことになったのよ、きっと」


ローレンスも私の横に腰を下ろして、しばらく二人で夜空を見あげた。


「あの頃も、こんな風に、夕食の後、遊んだよね」


「もっと明るかったような気がするわ」


「もっと早い時間だったからさ。ボールが見えなくなったらうちに入りなさいってペネロピ叔母様に言われて」


「ビリーとあなたはまだ見える、まだ見えるってずっと言いはったわね」


「ビリーとエリナーは今頃どうしているのかなあ」


我が家は従兄妹たちとすっかり疎遠になってしまった。年齢からいって学校にいるのだろう。


「二人とも学校からお休みで戻ってきて、同じように私たちのことを話しているかもしれないわ」


「ねえ、オリーブ、今度首都へ出るだろ、学校みたいに、休みで帰れるものかい?」


弟は空を見上げたまま尋ねた。


「どうかしら、きっとクリスマスには家族で過ごせると思うけれど」


「だんだん寂しくなるよね。ま、仕方ないけど」


ローレンスは腰掛から勢いよく立ち上がり、


「じゃ、中に入るよ」


と宣言した。


「私も」


ローレンスが手をひいて立ち上がらせてくれた。私たちはいやおう無しに大人になってゆく。寂しいこともあるけど、いい事だってきっとこれからいろいろ待っている。そうに違いない。


 屋内に戻ると、廊下で母とでくわした。ローレンスは母に軽く挨拶して自室に引き揚げていった。母はその後姿を見ていたが、私に向きなおると


「あの子、どうかして?」


と小声で尋ねた。


「今日お会いした、カスター・ロウフォードさんの思い出を話していたの。ずいぶん親切にしていただいたそうよ、私が溺れかけた時」


母はため息をついた。やっぱりこの話題に触れるべきではなかったかしら、と私が身を固くしたら、


「カスターさんは、勉学にも就職にも身が入らないと、ペニーが嘆いていたけれど、まあなんとか役人に納まってくれて良かったこと。ローレンスには彼を見習ってほしくないわ」


という愚痴めいた懸念が母の口からこぼれだした。


「まあ」


「遊びすぎて、大学の卒業も危ぶまれていたんですって。ローレンスに限って、そんなことはしないでしょうけど」


カスターが、そんな不良学生だったとは、意外だ。遊びと言うのは、物語にでてくる<放蕩>という事だろうか。お酒を飲んだり、賭け事をしたり、するという。男の方というものは、どんなに親切でも真面目とは限らないのかもしれない。でも、カスターについて私の口から何かいうのは気がひけて、


「ローレンスならきっと心配ないわ、ちゃんとしていますもの」


と答えた。母は笑って、


「フットボールのこと以外はね」


と言うと、私をちょっと抱いてから、部屋へ戻っていった。ローレンスは前の学期、フットボールに熱を上げすぎて追試になったらしい。カスターの、遊びすぎて、というのもそんな話だったらいいのだけれど。私はこっそりと祈った。


 そのころ、父とシーゲル卿との間では盛んに書状がやりとりされて、私が世話になる段取りが整えられていた。母はガーデニングが「趣味」という域を超えかけている人で、夏の終わりは植え替えだとか剪定だとか、庭師に指図するのに大忙しになる。それでも流石に私のために時間を割いてくれて、両親と私とは汽車と自動車を乗り継いで、首都のシーゲル卿のお屋敷までご挨拶に出向いた。


 私は卿のお子様方の家庭教師がおられた部屋に入れていただき、ご親族の末端程度の扱いでお手伝いするのだ。自分の女中はつれて来ない。大学の授業のある間は、首都にあるお屋敷に暮らすけれど、学期が終わればご領地までお供することになる。クリスマスについては、お話が出なかったし、私からお尋ねする勇気もなく、わからないままだ。


 父はシーゲル卿のお屋敷で着る衣装を、少なくとも夜会服は首都で作らせるようにと、私に強く命じ、さらに数日を首都ですごした。

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