24
発掘現場の参観に向かう汽車の車室は、ちょうど満員だった。ひじ掛けで区切られていない座席に私はビートンさんと肩をならべて座り、ひどく緊張していた。汽車が揺れた拍子に、肘や帽子や肩などがビートンさんにぶつかるのではないかと気になってしかたない。腰を上げて座りなおしたいのを我慢していると、子供の頃父に、『汽車の中では、お膝の上に手袋の手をしっかり重ねてまっすぐ座っておりなさい』と教えられたことが思い出された。
私の胸の中では、なにかふわふわした気持ちが、ちょうどゴム風船に息を吹き込んだときのように、大きくなったり小さくなったりする。その動きに応じて、心臓が震え、手足の先まで脈が打つ。大きく呼吸がしたい。その呼吸は、ビートンさんにお目にかかれない間のため息とは、ちょうど逆の向きになるのだろう、私はそんなことを思いめぐらせていた。
今朝、東駅でビートンさんにお目にかかるまでは、どんなふうにご挨拶したらいいのか、私には何の覚悟もなく、それでもローズとの約束に遅れるわけにはいかないと気がせいて、駅のプラットフォームで何度も伸びあがっては、ご領地の方角から来る汽車からその人が降りてこないかと探しては落胆するのを繰り返した。汽車の出発時刻が迫って、蒸気をしゅうと吹き出したりするので、私はますますうろたえて、壁に掛けられた大時計の方を何度も振り返った。そして、予想とは逆の方から歩いて来られるビートンさんの黒衣を見つけ出した。そのとき、私の胸は確かに高鳴ったように思う。安堵のあまり、彼をお迎えした私は自然に微笑んでいた。
「やあ、ブルクスアイド嬢」
彼は帽子を少し上げて簡単に挨拶なさった。
「おはようございます。あ、雨が降らなくて、ようございましたね」
駅の騒音の中で聞こえないのではないかと心配で、私は力をこめてお返事した。
「ええ、本当に。しかしまずは汽車に乗りましょう」
ビートンさんは二人が乗れるだけの余裕のある車室を見つけてると、私を先に乗せて下さったが、酔うといけないから窓際にお掛けなさいと申し出てくださり、私たちは車内で身体を入れ替えた。手が触れ合わんばかりになって、私はあわてて目を伏せた。腰を下ろしてすぐに発車となった。他の乗客の方々の前でお話するのは憚られたし、私にとってはむしろ会話をしなくて済むのがありがたかった。
ビートンさんは落ち着き払って何かのパンフレットを読んでおられる。私の向かいの座席の紳士は新聞をお読みだ。汽車の中で文字を読める方はうらやましい。私なぞはすぐに気分が悪くなってしまう。私はただ車窓を流れる景色に視線を向けていたが、その実、何も目に入ってはいなかった。この路線は、私の実家のある州に向かうので、首都と往来するときに乗り慣れている。首都の街並みと淀んだ空気はすぐに遠ざかって、聖堂を中心とした昔ながらの小都市の間は、ただのどかな田園風景ばかりが続くのだ。私は視界の端で、ビートンさんの手をちらりと見た。袖口に埃の玉のようなものがついている。払って差し上げたいと感じて目を引き離した。
列車は何度か駅に停車した。同じ車室の乗客も少しづつ減って、4人ばかりとなった。ゆったりと座れるようになって、私は少し落ち着きを取り戻したけれど、ビートンさんは書物に注意を払われていて、やはり言葉を交わすことはなかった。しかし、とりわけ小さな駅に近づいたときに、ビートンさんは書物を閉じて、
「さあ、次で降りなくては。乗り換えでしょう」
と言い出された。発掘現場の最寄りの駅は、ここから北へ向かう支線にある。
「いいえ、大丈夫ですわ」
私は小声でご説明した。
「この汽車はもともと支線行きです。何本かに一度は乗り換えなしで参れますのよ」
ビートンさんは驚いた顔をなさった。
「いや、お詳しいですね」
「私はこちらの州の出身ですから」
私はビートンさんのお役にたてたようで嬉しかった。私の言葉通り、駅を出るとすぐに汽車は北に進路を変えて、15分ばかりで、ミラムディッジで停車した。さきほどの駅をとりわけ小さいと思ったが、ここはさらに小さく、一つきりのプラットフォームは何もない吹き曝しで、ただ背後に植え込みがあって風よけになっていた。駅の建物といってはせいぜい箒置き場くらいのものだ。ビートンさんと私は駅の前の細い田舎道に立って、周囲を見回した。道の両側は生垣でよく見えないが、離れたところに煙が細く立ち昇っていて、農家でもあるのだろうと思われた。
「何もないところですね。約束の時間にはあと30分以上あるが、ここに立っているしかなさそうです。こんなことなら、もう一本後にするんでしたね」
ビートンさんは私に話しかけられた。
「そうですね、あの、ずっと座っておりましたので、立っても構いません、と思いますわ」
私は、会話の糸口を懸命に探した。
「発掘があるところは、どちらでしょうか?」
そう言ってしまってから、どちらにせよ、生垣しか見えないことに気付いて私は臍を噛んだ。
「ちょっと南、ということですよ。駅から1マイルばかりで、その辺の人に尋ねればすぐわかると聞いていたのですが、誰もおりませんね」
「駅の方では、いかがでしょう」
箒置き場のような建物を振り返ると、先ほど車室の扉を開いてくれた駅員が、ずっと年配の駅員と二人で腰かけていた。ビートンさんは窓口のガラスをたたいて、
「シェピンピックはどちらだね」
とお尋ねになる。駅員は窓から身を乗り出して、
「前の道を西へ、小川を渡ったところにミラムディッジの村があります。そこで街道を、南へ向かってちょっと進めば、西からピック道が合流してきますから、それを上って、岡のあたりがシェピンピックです」
「ご婦人が歩けるかい」
駅員は私に目をやって、
「さて、ご婦人でも歩いて2、30分でしょう」
と答えた。
「歩きますわ」
と私が決意を述べると、駅員は
「なんでもあそこで宝探しの最中だそうですが」
と面白そうに言った。ビートンさんが
「先史時代の住居址だよ、財宝は見つかりそうにない」
と説明して、窓口を離れた。
「たまにいるのです。宝物を掘っていると噂を聞いて、先回りする輩が」
また道路に戻って、ビートンさんは私にそんなふうに話された。
「先回りって、勝手に発掘してしまうのですか」
「発掘というより、滅茶苦茶に掘返して、遺構を壊し、年代も何もわからなくされます。そうなったらもう考古学は完敗ですよ」
両手を上げて困惑を示された後、
「金銭欲に駆られた者は、穴掘りの労力を惜しまないんでしょうな」
と冗談のように付け加えられた。
「だから、宝探しではないと仰いましたのね」
私はビートンさんの配慮に感心し、見習わなくてはいけないと思った。




