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オリーブの花かげに  作者: 入峰いと
変わったお皿
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 私には、ビートンさんにお願いしなくてはならないことがあったのだけれど、御前様や奥方様のおられる夕食の席で私事をお話するのは気がひけた。夕食後には、ビートンさんは御前様と別室で煙草を召し上がる。退出されるのを見計らって廊下でビートンさんをつかまえる、というのはもっと無理な話だと思う。


 私が考えた方法は、翌日、朝食の間でビートンさんにお目にかかれるまでだらだらと食べ続けるというものだった。私がいつもより早めに朝食に出向くと、御前様は大学にお出でになる日の常で、新聞に目を通しながら最後のお茶を召し上がっていた。ご挨拶をしてから、私はわざと鰊をいただいて席に着いた。フォークの先で丁寧に小骨をよけていれば、ずっと席にいても間が持つと思ったのだ。けれど鰊は香ばしいかおりを立ち昇らせて私を誘う。やむを得ず、一口いただいてから小骨取りを再開することにした。おいしい。私はため息をついた。ああ、ビートンさんがはやくお見えになれば残りもいただけるのに。


「ブルクスアイド、具合でも悪いのかね?」


御前様から話しかけられて、私は驚いて鰊から目をあげた。


「いいえっ、私は元気ですわ」


あわてて、私は御前様のお言葉を打ち消した。


「さっきから料理をつついてはため息をついてばかりで、君らしくもない」


御前様が不審そうにご覧になるので、私は顔が熱くなった。


「あの、ちょっと、寝起きで、ぼんやりしておりましただけですの。おいしくいただいております」


「ふむ、それならいいが」


御前様は、それ以上深く追求されることなく、立ち上がられた。私も立とうとするのを、いつものように手で制され、御前様は朝食の間を出てゆかれる。私は、ちょっと迷ったけれど、御前様のお気遣いに応えるべく、潔く冷めてしまった鰊をほおばった。ちょうどそこへ、ビートンさんが御前様に挨拶なさる声が聞こえた。お見えになったらしい。私がナプキンを使うのももどかしく、勢い込んで入口を見返ったので、御前様が不審げに私のほうに視線を投げられた。


「あ」


私は混乱してまた立ち上がりかけたが、御前様はそのまま出て行かれ、入れ替わりにビートンさんが入ってこられた。


「おはようございます」


私は立ち上がったが、ビートンさんが手を振って


「どうぞお楽に」


と言われたため、また腰を下ろした。ビートンさんが朝食を召し上がる間、私は朝食の残りとお茶で時間を合わせる。ビートンさんが召使にお茶のおかわりを頼まれた折をみて、声をかけた。


「あの、ビートンさん、恐れ入りますが、少々お願いしてもよろしいでしょうか」


ビートンさんは懐中時計を見やってから、


「今日は御前様の名代として、<協会>の方々をお伺いしなくてはなりませんが、まだ少し時間はございます。どうかなさいましたか?」


と聞き返された。


「その、お忙しいのにすみません、先日実家からお皿を送ってきましたの。価値があるものか、ビートンさんにご判断いただきたくて」


「なるほど、でしたら、今夜見せていただきましょう。そうですね、夕食の前には戻ると思いますから、書斎にお持ちください」


「ありがとうございます」


私は会釈した。


「いえ、お役に立てれば光栄です。ではブルクスアイド嬢、私はお先に」


ビートンさんは席を立たれた。召使に向かって


「もう一晩泊まるからね」


と告げられる声が、食卓の私にも届いてきた。私のためにご予定を変えてくださったのなら、申し訳ない、とすこしばかり気になった。けれど、私からのお願いで、そこまでなさるはずもない。きっとたまたま、このタイミングで召使にご予定を伝えられたに違いない。


 その日は、午前中の仕事の合間を見て、スナイスさんにお願いして、ローズの滞在しているメイストーン子爵邸へ電話をかけさせていただいた。州外への電話で恐縮だが、御前様のお許しが出ている。交換手の方に接続先を告げる。そう、カスターのご実家なのだ。先方につながるのを待つ間、私からカスターのご実家へ電話を差し上げるという巡りあわせが、妙な気がしてならなかった。

 

 メイストーン邸の方が電話に出られた。私は御前様のお名前を出して、ローズをお願いしたが、お母上と外出中とのことで、事情をお話して、都合のよい日程をオリビアへ伝えてくれるように、と伝言をお願いした。電話は便利だけれど、目当ての人につながるまで、いろんな人と言葉を交わさないといけないのが苦手だ。また、伝言となると、きちんと伝わるかどうかとても心配になる。電話室を出ると、なんだかとてもくたびれてしまった。


 御前様の書斎の隅、私の持ち場に戻ると、私はガラス窓から、外の景色を眺めてみた。街並みを覆うように、鈍色の雲が低く群れをなしている。ちょうどにわか雨が降ったらしく、車寄せを囲むささやかな花壇の花々は濡れて寒そうだった。元気をつける何かが必要だという気分になって、私は手提げ袋から、残り少ないお砂糖を載せたクッキーを取り出すと、大切に味わって食べた。


 午後のお茶が下げられたころに、ビートンさんが書斎へお越しになった。思ったより早くにお仕事が終わられたらしい。厳密にいえば私事なので、御前様のお仕事を中断するのはよくないけれど、ビートンさんをお待たせするわけにもいかない。私は書斎に用意しておいた例のお皿を、箱ごとビートンさんにお渡しした。 


「では、拝見いたしましょう」                                                                                                                                                                                    

 

そう明るく応じたものの、箱の中の薄葉紙をめくってお皿を見るなり、ビートンさんは眉をひそめられたようだった。


「これは、困ったことになりそうです」


ビートンさんは慣れた手つきでお皿を箱から取り出し、膠でつないだ部分を透かして見たかと思うと、ポケットから厚みを図る物差しを取り出して、素早くあちこちを測られる。私はその小気味よい動作を眺めながら、軽い気持ちで


「古代の品かどうか、わからないということですの?」


とお尋ねした。


「いいえ、そうではありません」


 ビートンさんはお皿を机の上に置くと、眼鏡を外して額と、眼鏡も拭われた。ハンカチをたたんで仕舞ってから、咳ばらいを一つ、そして私に顔を寄せると、


「他人には聞かせない方がいいお話になります」


と、真剣な眼差しで告げられた。私は驚きと不安で、息がつまるのを感じた。そして、ビートンさんから身を離すようにして書斎の入口に向かい、その扉を内から閉ざしたのだった。


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