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オリーブの花かげに  作者: 入峰いと
さえない令嬢、首都目指す
2/27

 振り返ると、カスター・ロウフォードその人が笑みを浮かべて立っていた。


「やあ、オリーブじゃないですか、いや失礼、ブルクスアイド嬢とお呼びしなくてはいけないね。お久しぶり」


と彼は親しげに話しかけた。私とは10年前に会ったきりなので、意外なほどだった。


 母の弟がカスターの姉上と結婚したので、私とカスターは遠い姻戚ということになる。


 子供のころは、夏になると母の実家のお屋敷で従兄弟たちと過ごしたものだが、私が12歳の夏に、カスターとそのすぐ上の姉上のへレンもちょうど滞在しておられて、子供が総勢6人となり、一緒に遊びまわった。その夏はいつもよりずっと楽しかった気がする。秋に私は寄宿学校に入り、それきり、母の実家で過ごさなくなったので、余計に楽しい思い出になっているのかもしれない。


 あの頃、淡い色をしていたカスターの髪こそ濃くなっていたが、整った顔だちは子供時代から変わらず、でも全体的に「男の人」になっている。私はあの頃のように、どぎまぎしてしまい、


「ごきげんよう」


とお辞儀するのがやっとだった。カスターは腕を貸していた娘さんを


「こちらはアメリカから来られた、ローズ・バイゼリンク嬢です」


と紹介してくれた。続けて


「ローズ、こちらが私の友人のオリビア・ブルクスアイド嬢ですよ。そして、この方々は?」


と私に問いかける。私はいやいやながら、そこにいた青年たちをカスターとローズに紹介した。二人は私たちと順繰りに握手を交わした。ローズ嬢はこの国の習慣などに興味津々で、積極的にあれこれと問いかけてくる人だった。さっきまで、カスターが彼女を狙っていると馬鹿にしていた青年たちが、ここぞとばかりに張り切ってローズ嬢に答えるさまが、私には不愉快で、そこからさりげなく離れようと、一歩ずつ引き下がった。するとカスターがわたしに向かって、


「ブルクスアイド嬢、どうなさいました?」


と声をかけてきた。


「いいえ、別に」


と答えたが、カスターは私に向かって愛想のよい笑顔を向け続ける。何か、話さないといけない。


「あの、ヘレンは、お変わりありませんか」


と言ってみると、


「ええ、今では伯爵夫人ですが、今度3人目の子供が生まれるそうです」


「おめでとうございます。すっかりお母さんになられましたのね」


「私もしばらく会っていないんですが、上の男の子がやんちゃらしくてね」


こんな、当たり障りの無い世間話を、子供の頃の遊び相手としているというのがばかばかしくなって、私はちょっと笑い声を上げてしまった。


「ブルクスアイド嬢?」


突然笑い出した私にカスターが怪訝な顔をした。


「ごめんなさい、なんだかおかしくなりましたの。お互いに歳を取りましたわね」


おかしすぎて、少し涙がでた。顔を伏せて手袋の指先でこっそり目頭を押えてから、改めてカスターのほうを向いた。


「貴方は、今どうしておいでですの?」


「大学を出て、しがない官僚ですよ」


「ご立派になられましたのね」


「なに親の七光りですから自慢にもなりません。あなたは?」


「私は秋からシーゲル卿のお屋敷で行儀見習いをすることになりまして」


これは両親から指示されたとおりの説明の文句だ。


「それはそれは。シーゲル卿は確か、古代史の研究者でいらっしゃいましたね。あなたの夢がかなったということかな?」


私は驚いて息がとまりそうになった。


「私、そんなことまで貴方にお話ししたのかしら」


「昔あなたは古代史の本ばかり読んでいたし、私がラテン語が苦手というと、ラテン語を勉強できるなんてうらやましいと言われたものですから、なんとなく」


「貴方は、探偵になられたらよろしかったのに」


私も今度は、素直に笑うことが出来た。しかしカスターは会話の向きを変えた。


「バイゼリンク嬢も古代史に興味がおありだそうですから、またお目にかかる機会もあるでしょう。では、他に挨拶をしないといけない方もありますので、そろそろ失礼します。ローズ!」


ローズ嬢はあっさりと会話を切り上げて、カスターの腕を取った。彼女ははその名に合わせたかのようにバラ色のドレスを着こなしていて、堂々とした魅力があった。二人は、私の横にいたベアトリスとその取り巻きたちをはじめ、主だった出席者に挨拶してまわり、好評で迎えられている様子だった。


 私はその間もあの夏のことばかり考えていた。休暇の終わる前に、私が水路に落ちた。あやうく溺れそうになって、数日寝込んだので、カスターとヘレンは律儀にお見舞いの品をくれた。カスターがくれたのが小さな「オデュッセイア」の本だった。木版画の挿絵が多くて、あのときもとても嬉しかったっけ。カスターはなんて親切なんだろうと思ったものだ。その後、心配した両親に家に連れ戻されて、首都の病院で検査をうけたりした。私があれ以来母の実家で夏をすごさなくなったのは、この水難のせいもあったのかも知れない。


 帰り際に、お屋敷の玄関の前で、一家で馬車を廻してもらうのを待っていたときだ。弟のローレンスが、急に


「カスター!」


と叫んで横手へ走り出した。驚いて目を上げるとカスターが、弟に向かって手を振りながら駆け寄ってきた。二人は親しげに手を握り合い、ローレンスが右腕を上げて自分の顔にあてるようなしぐさをした。まさか、泣いているのかしら、と思った。カスターはそんなローレンスの肩を軽くたたき、二人は、一緒になって戻ってきた。


「ごきげんよう、ブルクスアイドご夫妻。ペネロペ令夫人の弟の、カスター・ロウフォードです」


カスターは夏帽子をとって、両親に挨拶し、私に対しても


「先ほどはどうも、ブルクスアイド嬢」


とうなずいて見せた。


「まあ、カスター、あなたすっかり大人になって」


と母は当然のことに驚嘆の声をあげ、父はカスターと握手をした。


「すみません、きちんとご挨拶する時間がなくて。いずれまた」


カスターはそういうと、もう一度ローレンスの腕をたたいてから帽子に手をかけるなり、走っていってしまった。そこへちょうど馬車がきて、私たちも乗り込まなくてはならなかった。車内で、私はこっそりローレンスの様子を伺った。子供の頃は泣き虫だった弟は、寄宿学校にはいってからというもの、すっかり青年らしくなったので、先ほど泣いているように見えたのは何かの間違いに違いない。私の視線に気づいたのか、ローレンスは窓のほうを向いてしまった。



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