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「それで、その遺跡はどうなさいましたの?」
ローズは、興味深そうにさらにシーゲル卿に尋ねた。
「どうもこうも、上に基礎を築重ねて、建物を建てさせましたよ。そのために掘ったのですからな」
「まあ、本物の古代遺跡を?シーゲル卿ともあろう方が、発掘調査をなさらないなんて」
冗談めいたローズの非難に、シーゲル卿は愉快そうにお笑いになった。
「これが失われた古代都市の宮殿だというならともかく、ただの村人の住居跡ですからな。あなたも現場をごらんになっていれば、がっかりなさったでしょう。溝だの石段だの、そこいらの工事現場と変わりない」
ローズはすこし首をかしげて言った。
「わたくし、ローマで街のあちこちに古代の建造物の残骸が残っているのを見ましたけれど、あれも、ちょうど工事現場のようでしたわね」
「まあ、あちらでは、過去も現在も一緒くた、ですからな。しかし、バイゼリンク嬢は歴史が身近にありふれているのがお好みのはずでは?」
ローズは芝居がかってため息をついた。
「ええ、自分ではそのつもりで、ローマを訪れるのを本当に楽しみにしておりましたのよ。ところが、実際参りましたら、想像していたような感動はあまりございませんでした。もちろん壮大な、素晴らしいものもございましたけれど、何といえばよろしいのかしら、あまりにも現代的でしたの」
「なかなか、バイゼリンク嬢の御めがねにはかないませんか」
「考古学というのは、歴史の中で失われたものに光をあてる学問ですもの。古代はやはり、神秘のベールの陰に存在していてほしいと、そのときに考えたものですわ」
シーゲル卿はローズに反論も賛成もなさらず、
「いや、バイゼリンク嬢、今でも神秘のベールをはがす行為に興味がおありなら、是非こちらにおられる間に発掘調査を見学においでなさい。実際ご覧になるのが一番です。なんでしたら、大学関係の調査をご紹介しますよ」
と、提案される。
「あら」
ローズは手袋の指を口元に添えて驚きを表現した。
「あなたはメイストーンにご滞在なのでしょう。それなら首都の近くでも、海岸地方でも、日帰りでおいでになれるところがすぐ見つかりましょう」
シーゲル卿はあたりを見回してビートンさんを呼び寄せられ、ローズと三人で話されている。声が小さくなって、私には会話が聞こえなくなった。さっきまで私の横にいた従兄のジョージも、いつのまにかどなたかと挨拶を交わしていて、不意に私は独りになっていた。
こういう社交の場ではよくあることで、私はむしろ気楽なくらいに感じた。いかにも用事がありそうに壁側に移動して、展示されていたカメオの彫刻を一人で存分に眺めることにした。最初に見たときは、他のお客様がおられて、細かいところまでよく見ることができなかったのだ。
そのカメオは、素材が貝ではなく青黒い石で、背景と浮彫りの色合いの差が少なくて、細部がわからりにくい。彫られている主題は何なのだろう。私は身を乗り出して横から見たり上から見たりして、左端にいるのは犬らしいと見当をつけた。ということは、中央の判然としない人物が、犬を率いている主人で、アルテミスが狩りに向かうところかしら。
「これは、アクタイオンですね」
不意に近くで声がして、私は驚いて展示から目をあげた。
「ビートンさん」
知らない間に私の横に来られたビートンさんが、答えてくださったらしい。
「あの、この犬を連れた、人物のことですの?」
私が確認すると、ビートンさんはうなずいて、
「良くごらんなさい、頭に角があり、脚は蹄、鹿に変身しつつあるのですよ。神話の、ほら、鹿に変身して犬に襲われる男です」
と指先で示した。私がカメオに顔を近づけてかがみかけたとき、
「ああ、いけない、目的を忘れるところだった。ブルクスアイド嬢、御前様がお呼びです」
とビートンさんは笑っておっしゃった。もともとは私を呼びに来られたのだろう。
「まあ、申し訳ありません。すぐに参ります」
慌てて私は答え、ビートンさんの後について、また部屋の中央、シーゲル卿のおられるところに向かった。
ローズは近づいてきた私の腕をとると、シーゲル卿に向かって
「ブルクスアイド嬢が来られました。これでわたくしたち二人、歴史家婦人連盟を結成できましてよ」
と軽口をきいてから、
「御前様が、発掘現場の参観を手配してくださることになりましたの。その時には、あなたもご一緒していただいて構わないとお許しがありました。あなたも発掘現場はご覧になりたいでしょう?」
と勢い込んで語り掛けてきた。わたしは少し気おされつつ、
「ええ、そうですね。是非拝見したいです」
とローズに答えた。シーゲル卿はどう思われているのかと、そっとお顔色をうかがうと、相変わらず楽し気なご様子で、私はほっとした。
「いつ頃の予定にしておけばよろしいですか」
仕事の都合が気になって、その場で私がシーゲル卿にお尋ねしたところ
「さて、この秋のうちに、といったところだな」
と、あいまいなお話になってしまった。ビートンさんが、
「11月は教会が忙しいので、10月の半ばとしていただきたいです」
と案を出され、シーゲル卿は髭を撫ぜて
「あまり寒くなってもよくなかろう。バイゼリンク嬢はそれで構いませんか?」
と賛同なさった。ローズはにこやかに
「ええ、結構ですわ。楽しみにしております」
と答える。10月の半ばなら、この展示会が終わった後になる。私の仕事は、御前様次第でどうにでもなるようなものだが、展示会の後片付けも済んだ頃なら申し分ない。
話がまとまって、シーゲル卿に挨拶をすると、ローズは私の腕をとったまま、カスターのいるところへ引っ張っていった。カスターは従妹のベアトリスと一緒にいたはずだが、いつのまにかベアトリスは会場の女性たちと挨拶を交わして、カスターは脇に控える形になっている。
ローズはそのカスターのところに歩み寄って
「ロウフォードさん、お話してもよろしくて?」
と声をかけ、カスターの返事も待たずに、
「わたくし、オリエント学のシーゲル卿から、考古学の発掘現場の参観のご招待をいただきましたの。10月の半ばの予定ですが、あなたは同行してくださいますかしら。シーゲル卿のほうでは、こちらのオリビアさんと、シーゲル卿の助手のビートンさんがおいでになりますわ」
と手早くさきほどの話をカスターに伝えた。カスターは私の方をちらりと見て、
「ブルクスアイド嬢と仲良くなったんだね」
とつぶやいてから
「お供するのは構いませんよ」
と答えた。ローズは眸を輝かせ、
「良かった。本当に楽しみですわね」
と、まだ組んだままの私の腕を抱きしめるようにした。




