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今日、私がご一緒させていただいたR氏は、領地に石灰の鉱山?をお持ちで、収入もあり、学業を終えてからは大陸で過ごされて、30歳を前に先年帰国のうえご結婚を計画中、というような情報が、奥方様の口から淀みなく流れ出てきた。私はお茶と一緒にその話をいわば飲み下すように、伺った。
「ねえ、最初のPさんより、よい感じだったでしょう」
「はい。Pさんよりはお話する機会がございましたが、ただその、少し、厳しい方のようで」
「そうかしら、でも、ご機嫌よく話し続けていたところを見ると、あなたのことは気に入られたんでしょう」
「わ、わかりません」
実家にいると、美しい従妹と見比べられていたから、だと思うが、男性と社交の場でこれほど長い時間お話したことは確かに、なかった。
「では次回もまた、Rさんとご一緒ということで、良いわね?」
「はい、あの、Pさんのほうはよろしいのですか?」
「あちらはもうよろしいわ。もう少し活発な女性をお望み、ということですけど、気にしないでいいのよ。誰にでも難癖をつける人なのだから」
「あの内気そうな方が‥」
奥方様は扇を振って否定なさった。
「Pさんのお母上がご一緒でしたでしょう。あれこれ口を出されるのよ」
そういえばP夫人と言う方にご紹介いただいた。
「P夫人がもう少し控えてくれないと、まとまる話もまとまらないのよ。まあ、ブルクスアイドはRさんとご一緒するということで、来週はお茶の会に行きますからね」
「かしこまりました」
Rさんの厳しい物言いを聞いた後は、何も仰らないPさんのほうが楽なのではないかと思ったりもしたのだが、お母上のP夫人が厳しいのだったら同じことだろう。結婚というのは難しいことだ。私にはまだその難しさが半分他人事のようだ。それよりも今は空腹のほうがつらい。お部屋に下がらせていただいた後、実家の料理人が持たせてくれた焼き菓子で、私はこっそりとお腹を満たしたのだった。
シーゲル卿のほうも何かとお忙しいらしく、しばらくご夕食にお戻りにならない日が続いていた。私はビートンさんに言われたとおり、チェストの引き出し一杯に詰まった破片をあれこれ並べ替えては、繋がりそうなものを探していた。膠付けは、火を使うので御前様の書斎ではお許しが出ず、数がまとまったところで台所の近くの小部屋に火鉢と膠を用意してもらって、私よりずっと手先の器用な女中がまとめて行うことになった。それまでは、書斎のテーブルの上に、付ける破片が入り混じらないように仕分けて並べておくしかなく、一向に片付かない。
ある日、私が書斎に居る時間に御前様がお戻りになって、テーブルから零れ落ちたご自分の原稿をご覧になり、
「ブルクスアイド、もう少しどうにかならんのか」
とお小言をいただいた。
「あの、こちらは、いま、繋がる破片を探しておりまして、広い場所が必要ですの」
私は震え声で言い訳をした。御前様は私が繋がると判断したいくつかの破片と繋がり方の略図を取り上げてしばらくご覧になったが、ベルをならして召使を呼ばれた。
「このテーブルの上の破片が、混ざらぬように気をつけて、隣の部屋へ運んでくれ」
と命じられた。私に向かっては、
「破片の作業はあとまわしにしなさい。それより、急ぎの用がある」
とおっしゃった。
「今度、私の所属している歴史協会の主催で、小さなギャラリーを借りて古代オリエント美術の展覧会を行う。ブルクスアイド紡績の協力を得る約束だ」
マーティン叔父様の<工場>だ。おそらくは父が仲介をしたのだろう。
「それは、すばらしいですわ」
「私のコレクションから何点か出品するので、その支度を頼む。アラバスターの女神像と、ギリシャの絵のついた長い杯、あとは絵皿だな」
「絵皿は先日ビートンさんが牧師館へお送りになったものでしょうか。模作だと仰っておいででしたが」
「いや、それではない。鍵のかかる戸棚に納めているほうだ」
「恐れながら、私は拝見したことがございません」
「そうだったかな?」
御前様は髭をなぜながら、ポケットの鍵束から細い鍵を選び出されて、手ずから戸棚を開かれた。特に貴重な品が収められているに違いない。私は中を覗き込んだりしないように、胸の辺りをそっと手で押えた。戸棚の中から取り出されたものは、いくつかのちいさな木箱と黒いビロード張りの宝石を容れるようなケースだった。御前様が手渡されたそれらを、私は破片を取り除いたテーブルの上に一つ一つ並べた。
最初に御前様がビロードのケースを開かれると、私の両手で包み込めるような白い像が収められていた。
「これが女神像だ」
「これが‥」
驚いたことに、女神像という言葉から私の思い描いていた、清らかな少女のイメージとは正反対で、稚拙に引っかいただけの目鼻、裸像で、大きく垂れ下がった乳房と膨れた下腹部、すこし怖いくらいの造形だった。
「妊娠した女性の形だと考えられている」
「まあ、それで、ですの」
私は、妊娠した女性の裸体を知らないので、どれくらい誇張があるのか、よくわからない。
「優しい神様ではございませんのでしょう」
御前様はお笑いになった。
「おふくろさんというのは、優しいだけではおられないものだ。我らの奉ずる聖母像とは異なるが、少しわかるような気もする」
続いて御前様は細長い木箱を開かれたけれど、
「中身がないな」
とつぶやかれた。
「ブルクスアイド、どこかに出したままになっておりやしないかね。黒い長い杯で、白い絵があるものだが」
「いいえ、お机周りで拝見したことはございません。御前様の書き物机はいかがでしょう?私はあちらに手をふれませんので、もしかしたら」
御前様は書き物机の引き出しを開けてお探しになる。私は壁のチェストを片っ端から開いて中身をあらため始めたが、御前様に止められた。
「いや、ビートンが戸棚の鍵を持っていたはずだ。そちらに尋ねよう。先に絵皿をみよう」
木箱の中には、きちんと目当ての皿が収められていた。ただし、絵皿は欠けていて、英雄の横顔と振り上げた武器の間にひび割れを、きっと膠なのだろう、つないだ跡があった。御前様は、ひとまず安堵されたご様子で、出した品を元通り箱に収めて戸棚の鍵をかけ終わると、執事のスナイスを呼ばれた。
「領地へ電話してビートンにつながせなさい。確認したいことがある」




