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私は社交の場が苦手だ。自分に魅力がないことを思い知らされる。もし私に美しい未婚の従妹がいなければ、小太りで不器量なことを差し引いても、ああ、おまけに不器用で口下手なことを差し引いても、年頃で経済的にそこそこ有望な娘として、もう少し高く評価されたのではないかと思う。だがあいにく従妹のベアトリスはすらりとした色白の華やかな娘で、おまけにマーティン叔父様は、私の父よりずっとお金持ちだ。父はよく、
「うちが気楽に暮らしていけるのは、亡くなったお祖父様の<工場>の配当のお陰なんだよ。マーティン叔父様が身を粉にして稼いでくれていることに感謝を忘れないようにしなさい」
と、私と弟に話してくれた。父は商才がなかったので、先祖伝来の土地を相続し、叔父様が<工場>を相続したわけだ。そんなわけで、パーティなどで私のことを「ブルクスアイド家のご令嬢」と紹介された男性は、あてがはずれたような表情をするのだった。私は失礼にならないように笑顔を浮かべて、
「ベアトリスとは従姉妹になりますの。よろしければあちらに」
と説明しながら、彼女を囲む人だかりを示す。逆に、ベアトリスのほうからはじき出された男性が
「あなたもブルクスアイド紡績のご一族なんですって?」
などと言って近づいてくることがある。どちらにせよ、虚しいことに違いはない。ベアトリスは私と歳が近くて、さほど遠くもない屋敷に住んでいるので、パーティーだのお針だのと、何かにつけて招待していただく機会は多い。私はベアトリスのことが決して嫌いなわけではない。けれど、できることならすべて断って、ずっと家で本でも読んでいたいと思う。
女学校を卒業したあとは、このような家族ぐるみの社交の場で適切な男性と知り合って、18、9まででに結婚するのが世の習いだ。私は壁の花のまま、とっくに二十歳の大台を超えてしまった。ベアトリスも二十歳近いはずだが、もちろん引く手あまたで、入念に相手を選別しているのだから、誰も心配していない。
父は何か思うところがあったのだろう。ある日、書斎に私を呼び出して
「オリビア、実はオリエント学のシーゲル卿が、手伝いを求めておられるんだが、お前、やってみたくないかね」
と切り出した。シーゲル卿は、両親の古い知人で、私も何度かお話させていただいたことがある。斯界では高名な学者だということだ。以前父が講演会に連れて行ってくれたが、考古学や人類学といった新しい分野の学問について、私などにもわかるように、噛み砕いて説明されるのでとても感銘を受けたものだ。その奥方様にもおめもじしたことがある。おっとりとした親切そうな方だった。私を預かってもらえるよう、父が骨を折ってくれたにちがいない。
「お手伝いというのはどのようなお仕事ですの?私にできることでしょうか?」
「論文の清書や資料の整理をしてほしいそうだ。オリビアは字が奇麗だし、なに、教養だって充分だろう。うちを離れて先方のお屋敷に暮らして、奥方様にお引き回しいただくことになる。大学のほうにもお供するかもしれないな」
「まあ!」
私は学問の府というものにずっと憧れを抱いていたので、つい弾んだ声を出してしまった。
「では承諾のお返事をしておくよ。貴族のお屋敷とはいえ、シーゲル卿は学者だ。お前は小さい頃から本ばかり読んでいたから、きっと性に合うだろう」
「お心遣いありがとうございます、お父様」
私は父に抱きついた。父は私の顔を上げさせて言った。
「ねえ、オリーブ、父親として、お前の幸せを望むのはもちろんだが、何が何でも結婚してほしいというわけじゃないんだからね。お前がずっとうちにいられるくらいの財産はあるんだ。むしろ、お金目当てのくだらない男と一緒になるほうが、心配だよ」
「弁えているつもりですわ」
私は惨めな気持ちにならないように、にっこりしてみせた。
「いつお伺いすることになりますの?」
「まあ、待ちなさい。まずはご挨拶のうえだが、おそらくは秋の新学期が始まる前にということになるだろう」
秋までには、私がベアトリスと一緒に出席しないといけない舞踏会やパーティーがもう少し残っている。その合間に秋物の支度を手早く終えてしまわなくてはいけない。忙しくなりそうだ。
私がちょっとした騒ぎを起こしてしまったのは、そんなパーティの一つだった。有名なお庭のある邸宅に招かれて、一家揃ってお伺いしたのだが、弟のローレンスは若者ばかりでどこかへ消えてしまい、両親は年配者のグループでお庭を案内されることになり、私は広間でベアトリスのそばに残されて、飲み物を手に歓談することになった。こういうとき、ベアトリスは活発な会話の中心になるのだが、私は次第に片隅で、さほど親しくもない人たちと、あたりさわりのない言葉をやり取りするだけになる。
白いレースや手の込んだ刺繍のドレスが、ベアトリスが笑ったりうなずいたりするたびに可憐にゆれるのを感心して見ていると、広間の入り口のほうがにぎやかになった。私の近くに居た青年たちが、
「誰が来た?」
とささやきあった。
「アメリカの富豪の令嬢らしい、メイストーンの子爵のところに滞在中の」
「一緒にいるのは、メイストーンの次男だな」
「色男が、狙いをつけたというところか」
その後に続く低い笑い声を聞いたとたん、私は腹が立って、突然大声で
「カスターの悪口はやめて。彼は親切なだけよ」
と男性の会話に割って入ってしまった。
青年たちは突然の私の無作法にあっけにとられて、しばらく私をじろじろみた。私は悔やんだけれど、口に出した言葉を引っ込める術はない。
「あ、あら失礼しましわ。カスター・ロウフォードさんは母の遠縁にあたるものですから、つい。」
と取り繕う言葉を口にした。青年たちの中でも、ベアトリスに嫌われているDと言う人が、
「そういえば、ブルクスアイド嬢のお母上は貴族のご出身でしたね。忘れるところだった」
と言いだした。もう一人のほうが
「カスター・ロウフォードさんとはお親しいので?」
と会話を続ける。
「いいえ、子供の頃にご一緒しただけで」
「なるほどねえ」
また訳知り顔のくすくす笑い。私はなんと答えればいいのだろう。どんな言葉を返しても、私の内の悔しさがおさまりそうにない。見えないように奥歯を噛んでいると、
「私の名前が呼ばれたようですが」
と、よく通る声がした。