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秋物語り  作者: 大橋むつお
3/30

3:『変身エスケープ』

秋物語り2018・3

『変身エスケープ』                 



 麗と美花とわたしの3人で、その夕方、東京をフケた……。


 ほんとは、小島みなみって子がいっしょに行くはずだった。どたんばで親にバレて不参加になったので、すんなりと、みなみの代わりに入ることができた。

 家には、友だちの家に泊まるって、デタラメの名前と電話番号をお母さんに渡したら、すんなりOKになった。

 わたしは、今まで問題なんて起こしたことのない子だったのと、弟の方がグレかけていたので、拍子抜けするほど怪しまれなかった。


 新宿の集合場所に行くと、まず、美花が目に付いた。夜行バスの待合いの正面にいたので、すぐに分かったのだ。約束どおり、三人揃うまでは口をきかない。

 わたしに尾行とかが付いていないのを確認したんだろう、目の端に麗が見えた。麗は、わたしたちの一つ後ろのベンチに座った。


「これが学生証。東都短大の一年生ってことになってる。あたしが吉田志穂、美花が田中咲、亜紀が氷川聡子ってことになってる。平成15年の生まれ。亜紀の聡子だけが誕生日過ぎてるから、19歳。ということで、よろしく。たった今からサトコとサキだから、よろしくね。それから、スマホで東都短大のこと、一応見といて」


 そして、三十分後の夜行バスに三人は収まった。サキの美花と隣同士の席になった。わたし美花、いやサキとあまり親しくないことを気遣った麗……いや、シホの配慮。


「あたし、在日だってことは知ってるよね?」

 走り始めて5分ほどでサキの美花が切り出してきた。

「うん、水泳部にも、ちょこっと見学に来てたよね」

「覚えていてくれたんだ……」

 サキは嬉しそうに言った。

「お下げが似合ってたのと、名前がよく分かんないので覚えてる」

呉美花オ ミファ あたしの本名。使えっていわれたから、そう名乗ったんだけどね……」


 うちの学校は、入学式に本名を使うように、担当の先生が、わざわざ言った。最初のホームルームでも、クラスによっては、担任が本名宣言を勧める。美花の担任は若い組合の先生で、熱心だった。で、美花は、こう自己紹介した。


「呉美花と書いて、オ ミファって読みます。よろしく……」


 担任一人、盛大な拍手をして、正直戸惑った。そんな特別な扱いはして欲しくなかった。日本人でも在日外国人でも同じだから、普通に受け止めてくれれば、それでいい。英雄みたいに拍手なんかいらない。拍手するんなら、あたしが、絶滅寸前の水泳部志望ってあたりでして欲しかった。


 クラスで、本名宣言したことで、特にシカトされたことなんか無かった。ただ、クラスの半分ぐらいから、うっすらと距離を置かれていることがもどかしかった。

 本名宣言をしたからなのか、美花自身の性格の問題なのか、クラスが大人しいせいかは。判断がつきかねた。


 ただ、担任が見かけ倒しなのは、ゴールデンウィークごろには、はっきり分かった。演説ばっかやって、生徒の話を聞こうとする姿勢も力も無かった。

 ゴールデンウィーク明けに、麗がつまらないことで、男子とケンカした。手こそ出なかったけど、麗は放送禁止用語みたいな言葉をいっぱい言った。すごくテンポが良かったので、ビートたけしみたいで、聞いていて、何回か笑いかけた。バカにされたと思った男子が、麗の襟首を掴もうとして、逆にねじ上げられてしまった。


「あ、ワリー。ちょっと少林寺なんかやってたもんだから。なんなら、今から保健室行こうか、女子の襟首掴もうとしたら、逆にねじり上げられて、なんだか痛いんですって。あたしも付き合ってあげるからさ。ね、ドーヨ」


 で、クラスは爆笑になった。担任が、廊下の向こうから、見ていたのを、美花は気づいていた。美花や、何人かの生徒は、担任が何か言うと思っていた。


「寸止めや襟首掴むのも立派な暴力行為。必ず懲戒にかける」


 生指部長の梅本は、そう言っていたし、よそのクラスでは、もう何人か戒告とか訓告とかになっていた。それを、うちの担任は無かったことにしちまった。


――せめて、事情ぐらい聞けよ。で、演説すんなら、こういうとこだろ――


 美花は、最初期待しただけに、見損なった気になった。


「美花、本名宣言したんだって?」

 現社の荒巻先生が、食堂で隣同士になったとき、ことのついでのように言った。

「ああ、はい。でもミファって言いにくいのか、最近はミカってよばれることの方が多いです」

 風采の上がらない中年だけど、美花は、この荒巻先生が好きだった。


――いつやるんですか、明日でもいいじゃないですか!――


 ときどき言う、このオヤジギャグが好きだった。この言葉を文字通り受け止め、入学時の課題をいつまでも出さない生徒には、こう言った。


「明日は無限には続かない、だろ。一学期は七月で終わりだし、高校は三年、人生は80年ほどでおしまいだ。物事には、それに相応しい明日という期限がある。明日まで待とう、明後日じゃ、もうシャレにならない」


 そう言って、明くる日課題を持ってきた生徒のはうけとったけど、二日遅れた生徒のは拒否した。


「本名なんて、宣言なんかじゃなくて、普通に言えばいい。学校が本名にしなさいって言うんだったら、その後にやってくるだろう事への備えや覚悟が学校になきゃなあ……いや、余計なことを言ってしまったな」

「そういうことは……明日でもいいじゃないですか!」

「アハハ まったくだ!」


 荒巻先生は、この美花にとっては調子がいいだけのギャグを大笑いしてくれた。美花が、学校で心から笑った、数少ないことだった。


 その荒巻先生は、この春に転勤してしまった。


 で、美花は、二年生になってから、通名の高階美花に戻ってしまった。大きな絶望やら、考えがあってのことではない。どうも学校がアテにならないことや、通名の響きが好きだったことによる。


 バスは、夜明けに大阪の難波に着いた。


 バスから降りたとき、三人はサキ、シホ、サトコになっていた……。  



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