キリトリ---
ミーンミンミンと言うセミの大合唱が響く学校のグラウンド。野球部やサッカー部などが汗を流しながら真剣に、そしてどこか楽しそうに練習に励んでいた。そんな活気あふれる場所から少し離れた校舎の片隅に一人の少女が立っていた。
学校指定の評判の悪い小豆色のジャージを着たその少女は、その恰好に反して運動をするでもなくただ両手の人差し指と親指で四角いフレームを作りそれを覗いては眉根を寄せてしかめっ面をし、場所を変えては同じことを繰り返していた。
その胸元には大きな黒い一眼レフカメラが重そうに吊るされている。
「うーん、見えないもの・・・見えないものかぁ。難しいなぁ。」
そんな独り言を呟きながら、その少女、桐谷 真白は歩き続ける。カシャ、カシャと言うシャッター音をたまに響かせながら。
真白は運動部ではない。見た目は黒く日焼けして髪もショートのポニーテールであり放課後はジャージで過ごしているためかなりの確率で間違われるのだが、運動は大の苦手だ。
首から下げた一眼レフカメラからわかるように真白は写真部だった。日焼けも髪も服装もすべて写真を撮ることを第一にしていたら自然とそうなっただけだ。
友人にはもうちょっと女子として気を使いなよと言われるのだが、そんなことよりも真白は写真を撮ることが好きで大事だったのだ。ありがたいとは思いつつも全力でスルーを決め込む真白に友人も諦めたのか最近は何も言わなくなっていた。
納得のいくものが撮れたとは言えず微妙に浮かない表情ながらも、それでも10数枚の写真を撮影した真白は校舎の中へと戻りある場所を目指し歩き始めた。
写真部のメインの部室はパソコン室の一角だ。まあ一角と言うのもパソコン部と共同で利用しているからだ。写真部の部員が使っているのはデジタルカメラであり、それと接続するパソコン、そしてプリンターがあるのがパソコン室と職員室にしかないからである。
しかし真白が向かっているのはそのパソコン室ではない。たどり着いた職員室そばの一室で、その部屋のプレートに書かれているのは「給湯室」の文字だがその中心には一本取り消し線が引かれている。つまりもう給湯室としては使われていない空き部屋だった。
真白は躊躇なくその扉を開き、中へと入っていく。窓は厚い遮光カーテンで閉じられ完全に光が入らないようになっている。入り口側のカーテンを真白が閉めると部屋の中はほぼ真っ暗になり、セーフライトの薄暗い赤色で何とか見えるといった状況だ。
「よしっ!」
数秒目をつぶり、精神を集中させ自分自身に活を入れると、真白は慣れた手つきで巻き戻しクランクを回し、裏ぶたを開けるとフィルムを取り出した。
「うまくいきますように!」
そんな神頼みをしながら暗室で1人黙々と作業を続けるのだった。
「真白っち、浮かない顔だね。」
「うん、文化祭の課題がうまく撮れなくて。」
「あぁ、見えないものを撮影するだっけ?」
翌朝、机に突っ伏していた真白に声をかけてきた友人に対して、力なくうなずく。肩を落としたその姿はまるで捨てられた子犬のようだ。そんな真白の頭をよしよし、と友人が撫でて慰める。
「写真なのに目に見えないとはこれいかに。」
「まあ匂いとか音とかが伝わるような写真だってわかってるんだけどね。」
「それじゃあ真白っちは納得できないと。これがその候補?」
友人の言葉に真白がコクコクとうなずく。撫でられたおかげか若干顔つきが明るくなってきたことに少し安心しながら、友人は真白に渡された写真をペラペラとめくっていく。
文化祭では写真部はテーマに沿った写真を部員それぞれが撮影し、それを展示するのが伝統となっていた。そして今年のテーマが「目に見えないもの」と言う訳だ。
やる気のあまりない先輩などは淹れたてのコーヒーを撮影して、匂いが見える写真としてすぐに終わらせてしまったりしているのだが、人一倍写真に対して思い入れのある真白はそんな単純な物ではなく心に響く写真を探してさまよい続けているのだ。まあ結果は言わずもがなであるが。
友人が見終わった写真を机へと置いていく。それは野球部の部員がバットでボールを捉える瞬間であったり、サッカー部の練習を熱心に応援するマネージャーの姿であったりと確かに「目に見えないもの」と言うテーマを満たしていた。
その声が、気持ちが伝わるような写真だと友人自身は思うのだが、真白の写真へのこだわりを嫌と言うほど知っているので見るだけで感想は言わないことにしていた。いい写真だよと言っても納得しないのだから仕方ないのだ。
残り数枚となり、机へと見終わった写真を置こうとした友人の腕を真白が掴む。
「どしたん?」
「・・・」
真白は友人が持った写真をじっと見つめている。友人も改めて写真を見直すが特に今までと変わった所は無い。風になびく校庭の木々を映した写真で、よく見ると木の下に男子生徒がおり、何か四角いものを木に立てかけたまま両手を真っすぐ前方に伸ばしているように見えた。
「そうだ、そうだよ!違う視点から見たら何か分かるかも!?」
「どしたん?」
友人の手を取りぶんぶんと上下に振りながら感謝を伝える真白に、意味は分からないけど元気になったのなら別にいいかと友人は半ば思考を放棄するのだった。友人の手から、はらりと落ちたその写真は真白の机の上でそよそよと窓から入ってくる風に揺れていた。
そして放課後。
部活の時間になった真白はジャージに着替え、職員室で顧問の先生に鍵を開けてもらい自分の一眼レフを取りだすと、ひもを首にかけてそそくさと校庭へと出た。
現在、真白が所属する写真部でフィルムカメラを使用しているのは真白だけだった。数年前まではフィルムカメラも使用していたのだが、印刷や加工が楽で安全なデジタルカメラへと取って代わられていたのだ。
真白が首から下げている一眼レフにしても、真白が祖父からもらったものであり学校の備品ではない。しかし貴重な物ではあるので一緒に保管しているのだ。
「えっと、たぶんこっちよね。」
真白は手に持った一枚の写真と風景を見比べながら校庭を歩いていく。もう歩きつくした感のある校庭なのでその写真の大体の場所はわかっている。校庭の隅、花壇やなんかも何もなくただ木陰があるだけの生徒がほとんど近づかない忘れ去られたような場所だった。
「ここ・・・だけどいない。」
おそらく昨日自らが写真を撮影した場所へとたどり着いた真白は両手の人差し指と親指でフレームを作る。その風景は写真とほぼ同じであり、しかし真白が最も期待したピースのかけた風景だった。
しばらくそうして立っていると、そのフレームの中へとことこと1人の男子が侵入してきた。そしてその男子は真白に構いもせず木陰へと向かうと、持ってきた椅子に座った。
真白の待ち望んだピースがはまった瞬間だった。
「カシャッ。」
真白がカメラを構えず、声にだけ出してシャッターを切る。
そして真白はゆっくりとその男子に向かって歩き始めた。
校庭の隅の木陰は夏の暑い日差しを遮っているだけでなく、どうも風の通り道になっているようで真白が想像したよりも快適だった。
そんな過ごしやすい木陰の下で真白は困っていた。その男子の近づくまでは普通に声をかけるつもりだったのだ。
その男子が着ているジャージの色から後輩の1年生であることはわかっていたので、ちょっと声をかけるなんて楽勝だと考えていた数分前の自分を叩いてやりたい衝動にかられていた。
メラニン色素が働いていないんじゃないかと思われるほど病的な白さの肌。眉の上あたりで切られた黒髪が夏風に吹かれてサラサラと揺れている。二重の大きな瞳はすぐそばにいる真白を映すことなく、風景を見てはスケッチブックへと鉛筆を走らせていた。
カリカリという鉛筆の音がその木陰に響く。
しばらく声をかけることを躊躇していた真白だったが、ひとたび深呼吸をすると意を決して話しかけた。
「えっと、あの・・・こんにちは。」
ゆっくりとその男子が真白の方を向く。なぜ自分が話しかけられたのか分からないと首をかしげるその男子を真白は苦笑いしながら見ていた。
「・・・こんにちは。」
「うーんと、その、絵、描いてるんだよね?」
「・・・はい。」
「えっと描いているところ見せてもらっていい?あっ、私、桐谷真白って言って写真部の・・・」
「・・・邪魔しないなら、いいです。」
「えーっと、はい。静かに見ています。」
静かになった真白に満足したようにその男子は風景を描くことに集中していく。ときおり真白と同じように両手の親指と人差し指でフレームを作りながら描き上げていく。スケッチブックにはまるで写真を現像するかのように風景がその男子の手によって浮かび上がっていく。その様子を真白は感心しながらじっと見守っていた。
キーンコーンカーンコーン。
「えっ?」
真白が間抜けな声を上げる。辺りはだいぶ日が落ち、日差しも弱くなっていた。その男子がスケッチするところに集中していた真白は時間が経つのも忘れていたのだ。
その男子はチャイムが聞こえた途端にそそくさと片づけをはじめ、折り畳みの椅子を手に持つとそのまま帰ろうとしていた。慌てて真白がその背中へと声をかける。
「あの、明日も見に来ていい?」
「・・・」
振り返ったその男子は首を少しだけ傾げ、視線を空へと向け何かを考えるような仕草をする。
「・・・邪魔しないなら、いいです。」
それだけ言ってくるりと向きを変えると真白の方を二度と見ることなく校舎へと向かって歩いて行った。真白はそんな彼の背中を少し安堵しながら見送るのだった。
翌日から放課後に真白は校庭の隅へと行き、その男子が絵を描くのを見るのが日課になった。最初はコミュニケーションが難しいと思っていた真白だったが、絵を描く間の少しの休憩時間などに話しかけるとちゃんと会話することは出来た。
その男子の名前は香取 彩斗で美術部に所属している1年生だと言うことを聞き出すのに最初は2日かかるほどだったが、1週間経った今では少し慣れたのか会話もスムーズになってきていた。
水性絵の具をパレットで混ぜては、自分の満足のいく色を探して絵を完成させていく彩斗を見ながら真白は自分の中で少しの違和感を覚えていた。それは彩斗の絵をこの1週間見ていて少しずつ大きくなっていったものだった。
彩斗の絵はまるで写真のように正確に風景を模写していた。それは色が塗られても同じだ。限りなく現実に近い絵。それが彩斗の絵だった。絵の知識がない真白にしても彩斗の技量が優れているのがわかるほどであったが、真白の違和感は大きくなるだけだった。
そして休憩時間、真白は思い切ってそのことを聞いてみることにした。
「ねえ、香取君。絵を描くってどういうこと?」
「意味が分かりません。」
いきなり抽象的な質問をしてきた真白に彩斗は少し困った顔をする。そんな彩斗の表情を見て真白は自分の首から下げられたカメラを何気なく触りながら言葉を続けた。
「写真もさ、風景を切り取るっていう意味じゃあ絵を描くのと同じでしょ。どんな感じなのかなって思って。」
カメラに向けていた視線を真白が彩斗へと戻すと、眉間に皺をよせ苛立たし気にしている彩斗の顔があった。彩斗がそんな表情をしているのを初めて見た真白は内心でかなり慌てていた。
彩斗はそんな真白に声をかけることなく、休憩を終え再びスケッチブックへと筆を下ろしていった。しかしそのタッチは先ほどまでと比べ物にならないほど荒かった。
「えっと、なんかごめん。」
「・・・」
「何が悪かったのか、いまいちわかんないけどこのとーり!」
両手を顔の前で合わせて頭を下げて謝る真白の姿を見て、彩斗がため息を吐いた。そして筆をスケッチブックからゆっくりと離すと水で洗い、そしてパレットの絵の具を新たに混ぜていく。
そして荒れたスケッチブックへとその筆が下ろされた。
「絵は写真とは違います。ただ風景を映す写真と違って・・・絵の具に作者の思いが溶け出して、その一筆一筆にこもっていくんです。写真なんかとは・・・違う。」
それはまるで独白のようだった。自分に言い聞かせるように筆を走らせる彩斗が、パレットの絵の具をつけようと動かした腕は思い通りにはならなかった。彩斗のその腕はギリギリと強い力で握りしめられていた。
彩斗が顔を上げる。そこには彩斗に向かってほほ笑みながらも底冷えするような威圧感を放っている真白がいた。
「香取君、ちょっと来なさい。」
「・・・やだ。」
「いいから、さっさと来る!!」
彩斗の抵抗も空しく、普段の真白からは考えられないほどの力と強引さで引きずられるように校舎へと連れ込まれていくのだった。
「桐谷先輩、臭いです。」
「ちょーっとその言い方はやめてほしいかな。私が臭うみたいじゃない。」
暗室へと連れ込まれた彩斗の言葉に真白が振り返って反論する。
確かにこの暗室は現像のための定着液等のせいで酢のような酸っぱい匂いが立ち込めていた。写真部である意味この暗室の主である真白にとっては気にならない匂いではあるが、部外者の彩斗にとってはそうではなかった。しかし真白も女子の端くれ、彩斗の言い方に納得できるはずもなかった。
抗議する真白に首を傾げ、彩斗が近づいていく。そして真白の首筋へと顔を近づけるとすんすんと鼻を鳴らした。
「桐谷先輩は良い匂いがする。」
突然の彩斗の行動に全く身動きできなかった真白だったが、言われた言葉の意味を理解してしまうと顔が熱くなっていくのが止められなかった。
「わ、私の匂いのことはいいから!ちょっとそこで座って待ってなさい。危ないからむやみに動かないでよ。」
「・・・わかった。」
彩斗が素直に椅子に座ったのを確認すると真白は自分を落ち着けるために深呼吸をした。そして首からカメラを取り外し、そしていつもの作業を始めた。作業に没頭するうちに真白の胸の高鳴りは落ち着き、ついには彩斗がいることにさえ意識が向かなくなる。
そして彩斗は真剣な表情で作業を続ける真白の姿をじっと眺めていた。
ふぅ、と言う真白の声が暗室に響く。洗濯バサミに挟まれた3枚の写真を満足げに眺め、そして慌てて真白が彩斗の方を向いた。
「えっとゴメン。完全に放置しちゃった。」
「んっ・・・大丈夫です。」
真白の心配をよそに彩斗は退屈そうな表情も見せずに真白の方を眺めていた。真白はほっと胸を撫で下ろしながら乾燥中の写真が見える位置へ彩斗を手招きする。椅子から立ち上がった彩斗はゆっくりと歩き、真白の隣に立った。
「僕・・・ですね。」
「うん。分かりやすいかなって思って。えっと暗くってごめんね。まだ乾燥中なんだ。」
彩斗が写真を見る。
3枚の写真はすべて同じ構図だ。写真の右下で彩斗が椅子に座りながらスケッチブックへと鉛筆を走らせていた。そんな彩斗の前を一匹の猫が通り過ぎていく、そんな写真だ。
「これが普通にプリントしたもので、こっちは香取君を主にしたもの、でこっちは猫ちゃんを主にしたものだね。」
1枚1枚を指さしながら真白が説明していく。通常のプリントと違い、彩斗や猫を主にしたものはそれ以外がどこかピンボケしたように映っておりそこへと目が惹きつけられる写真だった。
「現像だけでもこれだけ違いが出るし、私はシャッターを切る一瞬に自分のすべての思いを込めているつもりだよ。だから写真なんか、なんて言ってほしくないかな。」
照れたように笑いながら真白は頬をかいた。すべて真白の正直な気持ちではあったが、それを他人に話すのは何となく恥ずかしかったのだ。彩斗はそんな真白の姿をしばらく見つめた後、再び写真へと視線を戻した。
「・・・ごめんなさい。」
「う、ううん。いいから、いいから。というか私もちょっと強引に連れ込んじゃったし。」
頭を下げる彩斗を見て真白が気まずくなっていたその時、部活動の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。そしてなんとなく沈黙が続き、会話もないまま彩斗は暗室を出ていった。微妙な空気の中、真白は道具の片づけを開始したのだった。
「やっぱりいない・・・か。」
翌日の放課後、いつもの校庭の隅に向かった真白だったがそこに彩斗はいなかった。何か用事とか、休んでいるのかなと別の理由で気を反らそうとしたのだが、今日を含めて既にもう4日。ここにはもう彩斗は戻ってこないのだと真白は理解した。
真白はゆっくりと木陰へと歩を進める。そして彩斗が座っていたその場所へ立つと両手の親指と人差し指を使ってフレームを作り風景を切り取った。
「カシャッ。」
彩斗が描こうとしていた景色はそこに変わらずあった。しかし彩斗が描いていた時よりもなぜか色あせているように真白には感じた。
彩斗の絵を見ていた時からの違和感。とても上手なはずなのに、技術は優れているはずなのにその絵には彩斗はいなかった。絵と写真、方法は違えど同じ切り取る者としてそう感じたのかもしれない。
ふぅ、と息をつき、真白がカメラを構える。ここでシャッターを押せば彩斗が描いていた景色は切り取れるだろう。しかしその写真には真白はいない。そんな確信が真白の指の動きを止めた。
「やーめたっ。」
「・・・何がですか?」
「うわっ!!」
思わずカメラごと振り向いた真白がレンズいっぱいに映った彩斗の姿に思わずのけぞる。慌ててカメラを定位置へと戻すと、そこにはつい先日と同じように折り畳みの椅子とスケッチブックなどを持った彩斗が真白の様子を首をかしげて眺めていた。
「香取君、ここで描くのをやめたんじゃないの?」
「何でですか?」
「だってこの4日くらい来てなかったし。」
「先に書きたいものが出来たので美術室で描いていました。」
「えっと・・・あー、そっか。」
彩斗のいつもと変わらない返答に真白はがっくりと肩を落とす。少し心配そうにする彩斗に大丈夫だからと真白は手をひらひら振った。
少し納得がいかなそうな顔をしつつもいつも通り折り畳み椅子を組み立てると彩斗はそこに座りスケッチブックをめくり始めた。そして彩斗の手が止まった。
彩斗はしばらくそのページを見た後立ち上がり、考え事をしていたのか半ば放心気味の真白へと近づく。
「真白先輩。」
「えっ、うん。何?」
「これを見てほしい。」
真白が差し出されたスケッチブックを見る。そんな真白の様子を彩斗は真剣な表情のまま固唾を飲んで見守っている。
「私だ・・・。」
スケッチブックに描かれているのは真白だった。暗室で写真を現像しているときの真白ののめりこむような集中力が伝わるような絵だ。暗室の中の絵なのでもちろん全体的に暗い色合いなのだが、描かれた真白の表情が、その姿が写真にかける熱い思いを表していた。
真白にとって恥ずかしくもどこか誇らしく、ほっとした気持ちになるそんな絵だった。
「あの時の私だね。スケッチしてたんだ。」
「うん。あの時の真白先輩を見て描きたいって思った。」
「暗室でよく描けたわね。」
妙なところに感心しながら真白がスケッチブックを彩斗へと返す。それを受け取った彩斗はそのスケッチブックの中の真白を見つめ、少し迷った仕草をした後真っすぐに真白を見る。
「真白先輩。先輩の絵が描きたい。」
「えっ、なんで?」
「先輩の写真は先輩でいっぱいだった。僕の絵には僕はいなかった。でもさっきの先輩の絵を描いたとき初めて絵の中に僕が入れた。だから・・・」
「うん・・・」
「僕に先輩を切り取らせてほしい。」
その言葉に真白の顔が赤くなる。そして真白は雲一つない今日の天気のように晴れやかに笑った。
「モデルなんて出来るかわからないけど、いいよ。でも香取君。さっきの言葉はちょっと照れるよ。なんか告白されたみたいで。」
「彩斗。」
「んっ?」
「彩斗って呼んでほしい。」
「了解。じゃあ彩斗君、私は何をすればいいの?あっ、もちろんヌードとかはNGね。」
「そんなのはいらない。」
「そんなのって・・・」
自分で言っておいて、彩斗の返しの刃に心を切り裂かれた真白がしょんぼりする。そんな真白を見ながら彩斗が小さな声でつぶやく。
「好きって気持ちが伝わるまで描き続けるから。」
「んっ、何か言った?」
「なんでもない。」
誤魔化すように椅子に座ってスケッチブックを広げる彩斗の後ろから真白がその様子をのぞき込む。木漏れ日がまるでスポットライトのように2人を照らし切り取っていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
実はいきなりクライマックスという面白い言葉に触発されて突発的に書きあげたもので、同じ話を視線を替えて書いてみたらどうなるかを試してみた作品でもあります。
キリトリ--- 三人称視点
---キリトリ--- 真白視点
---キリトリ 彩斗視点
話の内容はほぼ同じですが、下記にリンクを貼っていますのでよろしければ読んでいただければと思います。
読まれない方もここまでお付き合いいただきありがとうございました。