試作1話
「あれ?」
意識を取り戻して驚く。
自分は死んでしまい、全てが終わったのだと思っていたからだ。
しかし、あらためて目をさまし、地に足をついて立っている。
「死んだ……よな?」
自分の記憶に問いかける。
確かに死んだはずである。
寿命を迎えるほどに人生を続け、最後の瞬間に意識を途絶えさせたのだから。
だが、こうして五体満足の状態で生きてる事を思うと、記憶を疑いたくもなる。
いったい何がどうしたんだ……という疑問を抱いてもいく。
だが、すぐにそれらも消え去る。
目に入る周囲の様子の異常さが、すぐに現状の把握に思考を向かわせていく。
(何処だよ、ここ……)
そう思わせる周囲には何があるというわけではなかった。
何もない空間。
それが拡がっている。
床も壁もあるし、天井もある。
それが、何かしらの建造物の中である事を感じさせるが、どういった場所であるかを示すものはない。
妙に大きなタイル(一辺数メートルはあろうとかという大きさだ)が並んだ床や壁は、記憶にあるどんな建物の中にも存在しない。
遙かに高い天井も、おそらくは同様の造りになってるのだろう。
残念ながら、高すぎる天井の詳細ははっきりとは分からない。
数十メートルはあるだろう高さは、それだけで異常ではあった。
そういった事を見てとれるくらいの光が、タイルの間から発生している。
電灯のような照明があるのかと思うが、それらしい物は見えない。
間の部分が自ら光ってるように思える。
それがタイルに反射して、空間全体を光らせていた。
照明一つとってもそんな調子で、記憶にあるものと違う。
(どこだよ、本当に)
疑問は解消されない。
ただ、ここが知りうる何処でもない事だけは分かった。
呆然となってしまうが、そうしてるわけにもいかなくなる。
何が起こってるのかと考え、決して出て来ない答えを求めてると、目の前に何かがあらわれた。
透明に透き通る存在。
立体映像としてあらわれた存在が話しかけてきた。
『霊魂よりの復活おめでとう』
いきなり訳の分からない事を言ってくる。
『色々と混乱してるだろうが、時間がない。
手短に必要事項だけを伝える』
しかも状況はよろしくないようだった。
『現状、君の身の安全を保障するものはない。
今後の自由を確保したいのであるならば、速やかにこの場から逃走する事を推奨する』
「…………」
『なお、こちらから支援などは不可能である。
最大限の努力をするが、期待に添うような事が出来るわけではない。
我々の権限では、こうして君に必要な情報を提供するのが限界だ』
全く役に立たないと言ってるに等しい。
『あとは君の才覚と能力と努力に期待する。
我々としても、精一杯の支援を約束する』
出来ないと言っておいて何が支援なのか?
そう思うも問いただす暇も無いようだ。
『急げ。
近くまで脅威が迫っている』
そう言って一つの方向を指す。
『車両がある。
そちらに向かえ』
何が何やら分からないが、とにかく面倒な事に陥っているようだった。
言われた通りに走り、車両とやらがある所まで向かう。
果てしなく広い空間であったが、無限に拡がってるわけではなく、走ってるうちに壁に到達した。
そこから通路のような細道(と言っても縦横で数メートルはある)に入り、更に走っていく。
息が切れるので途中で足を止めたり歩いたりする事はあったが、それでも出来る限り先へと進んでいった。
進む方向は立体映像の人物がその都度あらわれるので、道を間違える事はなかった。
そうやって進んでいった先に、シャッターで遮られた部屋に辿りついた。
立体映像の存在がその前に立つと、上に持ち上がって開いていく。
中は小部屋(周囲の大きさに比べた場合)になっていて、その中には車両が何台か置いてあった。
『整備されてはいないが、動かす事は出来るはずだ。
保存状態は悪くはない』
どこまで本当か分からないが、今はそれを信じるしかない。
『とりあえずこれで移動をしておけば追跡を振り切る事は出来る。
ただ、相手は絶えず追いかけてくるので、定期的な移動は不可欠だ』
「面倒だな」
『色々と申し訳ないが、この場における現実はこのようなものだ。
大変と思うが頑張ってもらいたい。
君自身の意志を自由に保つためには』
そう言って立体映像は消えた。
正直どこまで信じて良いのか分からないが、それを信じる事にした。
本当に危険が迫ってるのか分からないが、無視しいたらそれこそ危険に遭遇する可能性が高くなるだろう。
ならば、動き続けてる方がまだ安全に思えた。
この場所の探索もしておきたい。
ここが何処で、何の為にあるのか。
それを知っておきたかった。
出来るなら、自分がここにいる理由も調べたい。
どこまで判明するか分からないが、何もしないでいたら何も手に入らない。
何かしら行動と実践が必要だった。
幸い、車両の動かし方は特別なものではなかった。
ここに来る前、生前の時に動かしていた自動車と同じである。
憶えてる通りに動かせば、かつての自動車と同じように動いてくれる。
それを用いて移動を再開させる。
先ほどより快適に。
部屋を出て、アクセルを踏み、先ほど来た方向とは反対側へと。
光る通路を進みながら、行く当てのない旅をはじめていった。