正夢
「お前が殺したんだろ!」
会社からの帰り道。全く知らない男に呼び止められ、浴びせられた言葉だ。
「何の話だ。俺は人なんか殺してない。言いがかりは止してくれ」
そう言って立ち去ろうとしたら、男は後ろから殴りかかってきた。
僕の顔を目掛けて殴ってきた相手の拳は、避けた僕の顔の横を通り過ぎ、男はそのまま僕の前に倒れた。
「ふざけるな!」と叫びながら何度も殴りかかってくる。
僕は全ての攻撃を避けた。
ヘロヘロになりながらも叫びながら殴りかかっては倒れる男。
夜の8時。人通りもそこそこある浜辺の道で2人の男性が喧嘩をしている。といった状況に見えるだろうか。
人も集まってきて携帯で電話をかけている人も居た。
警察を呼ばれたら面倒だな。と思いながら避け続けていたが、余所見をしていたせいか一発顔面に喰らってしまった。
「いってぇ…」
「あ…」と言いながら男は当たったことに驚いたのか攻撃をやめた。
実際に殴ると怖気ずくなら最初から殴らなければいいのに。と内心腹を立てていたが、これ以上殴りかかってこないであろうと安堵していた。
遠めに見ていた人たちも喧嘩は終わったのかと詰まらなそうに帰っていった。
「見せ物じゃねーよ!」と叫んでやりたかったが、それ以前に確認したい事は多々あった。
「殴られたからには黙ってられないんで聞きますけど、僕が誰を殺したとでも言うんですか?」
「お前が玲奈を…玲奈を殺したんだろ!!」
玲奈って誰だよ!
そんな名前の女友達も居ないし、今まで関わってきた女性に玲奈って名前の子なんて居なかったぞ。
「あの。何度も言いますけど、人違いじゃないですか?」
「いや、絶対にお前だ。村井良助。市町村の村に、井戸の井、良し悪しの良に、助けるの助」
確かに僕の名前は村井良助だ。
しかもご丁寧に漢字まで合っている。
「確かに僕は村井良助ですが。ちなみにその玲奈さんとは一体?」
「玲奈は俺の婚約者だった。思い出せないなら思い出させてやる」
そう言って男は話し出した。
横井玲奈28歳。僕と同じ高校の同級生だったそうだ。
僕の高校は1学年700人と生徒人数がかなり多い学校だった。
知らない同級生は沢山いる。そのうちの一人だろう。
男は話を続けた。
玲奈は1週間前、急に婚約破棄を言い渡して同棲していたアパートを出て行った。
必要最小限の物しか持って行かなかった為、部屋には沢山の玲奈さんの私物が残されていた。
しかしその4日後、同級生から玲奈が亡くなったという連絡が入った。
急いで玲奈の実家に行くとお通夜が開かれていた。
婚約破棄をされた身であるが、納得出来ず家の中へと入っていった。
親族と思われる人が僕をチラチラと見ながら何か話している。
「あの子、玲奈ちゃんと婚約男性よ。玲奈ちゃんを捨てたのによくもまあのこのこと」
「玲奈ちゃん、どうしていいか分からず村井さんの息子さんのところに相談に行ったそうじゃない」
「ああ、良助くんね。あの子はしっかりしてて頼りがいのある子だからね」
「最初から良助くんと付き合っていたらこんな事にならなかったかもしれないのに」
玲奈は自殺だった。
そもそも、僕が玲奈を捨てたんじゃない。
玲奈が僕を捨てたのだ。
それに村井良助とは一体誰なんだ。どういう関係だったのだ。
僕はアパートに帰ってから玲奈が残していった私物を徹底的に調べた。
すると1通の手紙が出てきた。
その中には「いつでも相談に乗ってやるからな」と殴り書きされた紙が1枚だけ入っていた。
小学校時代の手紙のようだ。
玲奈と小学校時代も同じだった同級生に小学校の卒業アルバムを見せてもらうと、確かに村井良助という男の子が存在した。
しかし、話を聞けば6年生のたった1年間しか居なかったという。
6年の春に転校してきて、小学校を卒業と同時に再び遠くへ行ってしまったそうだ。
そこまで話すと男は黙り込んだ。
「小学校時代か。確かに僕は転勤族の家庭だったから全国各地に転校してた。すっかり忘れていたよ」
「1週間前に玲奈はお前のところに訪ねて行ったはずだ。なぜ白を切る!」
「ここ1週間、僕は出張で家を空けていた。出張先でも女性とは会っていない。僕は無関係だ」
「それは誰が証明してくれるんだ?」
「一緒に出張に行ってた上司が証明してくれるよ」
僕には完璧なアリバイがある。
例え玲奈さんが僕の家を訪ねて来ていても会えることはまずない。
男はうなだれるようにしゃがみこんだ。
「だったら玲奈はなぜ死んだんだ! お前にそそのかされて僕との婚約を破棄し、お前のところへ行ったにも関わらずお前は玲奈と結婚する気なんて更々ないと手のひらを返した。そのショックで玲奈は自殺したとしか考えられないんだ!」
なんて想像力だ。
今まで聞いた話の中の状況から、そこまで考えて僕が殺したと言っていたのか。
呆れた人だ。
「いいかい? 君は一人で考えすぎなんだよ。僕が相談に乗るから冷静に考えよう」
「ふざけるな! 玲奈を殺した奴になぜ相談しなくちゃならないんだ! さては、僕も殺す気か?」
「やめてくれよ。僕はただ君を助けようと」
「余計なお世話だ!」
そう言って男は再び殴りかかってきた。
「手を出す前に話し合おう」と言っても聞かない。
避け続けるしかないのか。と諦めて、男が疲れて攻撃を止めるのを避けながら待っていた。
すると、男はズボンのポケットから折りたたみナイフを出してきた。
「いやいや、それは流石にダメだよ。危ないからすぐ直して」
「もうお前を殺すしかないよ。そして僕も玲奈の後を追う」
「やめろって」
「俺のナイフ裁き、味わうがいい!!」
男は殴っていた時とは別人のように猛攻撃を繰り出してきた。
僕は避けきれず体中にナイフのかすり傷を負っていった。
再び野次馬が集まってきたが、今回ばかりは流石に警察も早々に到着した。
男は警察に抑えられてパトカーで連れて行かれた。
僕も病院で手当を受けてから事情聴取を受けた。
「あの男性とはどういったご関係で?」
「僕は全く知らない人なんですけど、彼の婚約者を殺したと言いがかりを…」
あの場であったことを全て説明した。
僕は無抵抗を貫いた為、全面的に相手の男が悪いと判断された。
事情聴取を終えて警察署を出ると、目の前には警察に捕まっているはずのあの男が立っていた。
「なんでここに・・・?」
と言ってる間に男はナイフで僕の心臓を一突きしていた。
その場に倒れた僕は、玄関に立っていた警察官が病院へ搬送してくれたが手遅れだった。
目が覚めるとベッドに寝ていた。
横には玲奈がスヤスヤと気持ちよさそうな寝顔で寝ていた。
そうか、玲奈は俺の奥さんだ。
「おい。おい、玲奈」
「ん?」
「お前、昔俺の前に付き合ってた男は居たか?」
「何よいきなり」
「居たかどうか聞いてるんだ」
「居たよ。婚約までしてた男性が一人。でもそいつ、多額の借金の上に競馬好きでさ。それを私に隠してたんだよね。でもその事実知っちゃったら結婚とか無理でしょ。だから私から婚約破棄してやったの」
「そうか」
「何なの急に」
変な夢を見てしまったと言い訳だけして今日も仕事に向かった。
会社の帰り道、浜辺の道で一人の男に声をかけられた。
「お前が殺したんだろ!」
背筋が凍るような寒気を感じ振り向くと、夢で見た男が立っていた。




