04・汚い欲望を持った美少女をクレンジングでごきげんよう Aパート
「つまり、彼女が錯乱した理由は、俺がしずくちゃんの傷痕を直した所為なのですね」
俺は、医務室に寝かしつけた倉田美津江ちゃんの寝顔を見ながら先生に話を聞いていた。
ざっと彼女の記憶を魔法で攫って見せてもらったが、どうにも厄介な根っこがあるな。
「はい、恐らく……ですが、相川さんの傷を直して下さった事には感謝しております。まさか、その結果倉田さんがあそこまでするとは思っていませんでしたが」
それはそうだろう。俺も誰かを回復させてあそこまでキレられたのは初めての経験だ。
「その辺の事情を知っているのはどの位居ますか?」
「ここに居る中では、私と本人たちを除けば理事長の孫である五条さんと当時一緒に居た南さん位でしょうか? 他の当事者二人は今回のサマーキャンプには参加していませんから」
ふむ、と、なれば、残る二人はそこそこ幸せなんだろうな。
「実は、この世界に召喚される人間には共通する条件があります」
「条件、ですか?」
「まず、第一に、召喚する空間と召喚される空間に何らかの繋がりがある事。第二に、召喚する人物が必要としている能力を持っていること。第三に、召喚される人物が今居る世界から消えたいと心の中で願っている事」
「え? つまり、召喚された私達42人は日本から消えたいと思っていたと!? いえ、確かに私もあの時、下りるバス停を間違えてあの子たちを道連れにしちゃったから、余りの恥ずかしさに『消えてしまいたい』って不覚にも思ってしまったりしましたけど……」
げげぇぇぇぇっ! そんな程度の動機で召喚されたのかよ!? ちょっと敏感過ぎやしねぇか? いや、流石にそのレベルで召喚に応えたりはしないか?
……まぁ、来てしまったものは仕方が無い。
「確かに、今回のサマーキャンプの参加者は一癖も二癖もある生徒ばかりですけど、まさか、それじゃあ、余りにも救いが無いですよ……」
流石に先生もこの事実を受け止める程には人間練れてないわな。だから、少し、慰め程度ではあるが、サービスしてもいいよな。
「幸い俺が此処に居る事は僥倖と言っていいでしょう。もしかしたら、俺のような経験者無しで手探りで全ての交渉を先生一人で進めなければならないという可能性もあったんです。それだけでも生き残ってここに居る甲斐がありましたよ。だから」
そう言って先生の目を見つめる。
「俺の事だけでも頼ってください」
「ゆうしゃさん。ぽっ♥」
「こほん」
こほんとか口で言うなや! ジョゼ。
「勇者様と先生の分、料理を少しお持ちしましたわ。何も召し上がっていないでしょう? お腹に何か入れませんと体に毒ですわ」
「ありがとう。ジョゼ」
「あ、ありがとうございます。えーと、お姫様、でいいんですよね?」
「申し遅れました。第三王女のジョセフィンと申します。長谷見沙紀様でいらっしゃいますね? 今回の勇者様の中で最年長の」
カチン、と音がしたような……
「はい。以後よしなに。姫様は丁度うちの生徒達と同じ年頃だと思いますが、どうでしょう? 一緒にお勉強見て差し上げましょうか?」
ぶちっ! と音がしたようだ。
「御心配には及びません。勇者様から個人的にレッスン頂いておりますし、本来私の歳になれば、王族はすべからく基礎学力のみならず実際の国家運営まで行う事が常でありますから」
多忙を理由に断ってきやがった。出来れば今回の勇者たちと仲良くなる為にも参加しといた方がいいのにな。それはともかく、
「それよりも、お若い皆様はともかく、沙紀様は訓練に慣れて頂く事の方が鬼門かと存じますわ」
「訓練? とは、なんでしょうか?」
「それは勿論……」
今その件を持ち出すか!?
「戦闘訓練の事です。この世界は危険な生物が多いし、国家間の情勢も地球以上に安定しない。どんな人も最低限身を守る術は整える必要があるのです。先生」
ジョゼの口から言わせるより俺が説明した方がマシか。
「せ、んとう? そんなっ! まだ年端もいかない子供達にそんな事をさせる気ですか!?」
「落ち着いてください。無論最終的な選択権は本人たちにあります。しかし、それでも最低限の知識と訓練は必要になります。日本でも避難訓練みたいな事はするでしょう? この世界ではその振り幅がもう少し大きいのだと考えて下さい。決して無防備な子供を戦場に送る訳ではないのですよ。それに、『勇者』として召喚された者は全て莫大な戦闘力を身に付けている筈です。滅多な事では危険に陥る事はありませんよ」
「そう、ですよね。ここは日本とは違うのですよね。ねぇ、ゆうしゃさま、お姫様、わたしは何でもします。だから、子供達は戦わずに済む方法は無いでしょうか?」
そう、まともな大人ならそう考えるものだ。だが、この世界は優しくはない。
「全ての責任を貴女が一人で負うという事は不可能に近い。そんなことをすれば早晩貴女自身が潰れてしまう。それに、子供達の力というものをもう少し信じてあげて欲しい。それと、俺の力も」
だから、せめて俺だけでも彼女達の味方でなければいけない。
「こう見えて俺はこの一年程の間に結構な実績をこの国で挙げて来ました。今やこの国の重鎮にすら頭を下げさせる事が出来るようになる程に。力の方も、魔物の一万や二万程度なら遊び半分でも殲滅出来る程です。まして、今や貴族の位と領地まで手に入れる程です。その俺が貴女と生徒さん達の後ろ盾となりましょう。何者にも脅かされる事の無いよう取り計らいますから、心配しないでください」
「ゆうしゃさま♥」
「こほん」
だから口でこほん言うなって。
「随分と御執心ですのね? 昨日今日会ったばかりの人たちに。私という婚約者を差し置いて」
「へ? こんにゃくちゃあ~!?」
くっ! ジョゼめ。領地へ帰ったらおしおきするからな!
「もっ、も、もも、もしかして、ゆうしゃさまはそういう性癖の持ち主さんでちゅかぁ? うちの子たちも、狙って!?」
噛んでる噛んでる。
「誤解しないで下さい。俺は同郷の人々がこの異世界で困る事の無いようにしてあげたいだけですから」
「ほっ、そうですよね? 子供相手に欲情するとか、無いですよねぇ~」
だから何で先生も棘を刺そうとするの? ジョゼを見ながら?
「ええ、政略結婚ですわよ。姉二人は既に嫁いで行ってしまわれたので私にお鉢が回って来ただけですわ。勿論私が勇者様を尊敬してお慕いしている事も事実ですけれども」
11歳の少女と30前の女性がガチで睨み合うとか、勘弁して欲しいよ。
「それよりも、先ずは彼女の件ですが」
俺が水を向けると、流石に気まずく思ったのか、二人も寝ている少女に視線を戻す。
「彼女の心理に大きな負担を掛けている事件の記憶を取り除いてあげたいと思います」
俺は美津江ちゃんの額を優しく撫でながら先生に告げる。撫でポかは意識が無いので分からない。
「それが出来れば一番いいのでしょうけど……」
「出来ます。問題は、日本での記憶を一切合切失ってしまうという事ですね。只、今のままでは日本に帰れる可能性は小さい。その上、母親は居ない。父親はクズ。クラスの子達の中で特に親しいのは……」
「先程一緒に居た五条さんを含む四人ですか」
「それと、当事者のしずくちゃん、ですね。彼女らに美津江ちゃんの心を救う緊急手段として記憶をデリートする旨を言い含めておきたいのですが」
「そこまでしないといけないのでしょうか? 子供の記憶を取り除くなんて……」
「無論、アフターフォローを万全にする必要がありますが、それは何とかします。いっそ俺の妹という事にしてもいい。それよりも、彼女の母親が自殺した件、彼女がしずくちゃんを傷つけた件、父親の虐待を受けていた件、どれもがリンクし過ぎていて、一部日本の記憶を残しておくと後々記憶と精神に齟齬が出た時に回復できない事態になりかねません。ここは彼女の平穏を守る為に思いきるしかないでしょう。後々バレて彼女に恨まれるとすれば、その役目も俺が引き受けます」
「私は、相川さんの事も感謝しております。だから、倉田さんの件も、きっと一番いい解決法を模索してくれたのだと信じています。ゆうしゃさま。勝手な言い分ですけれども、お願いします。あの子たちもきっと分かってくれると思います」
「では、関係者をここに呼んでくれませんか?」
「はい」
先生は今も行われている筈の歓迎の宴の会場へと戻って行った。