03・汚れちまった悲しみにぃ~幼女の青春もなんぼのもんじゃい! Aパート
「う、うわぁぁぁぁん!」
私は、もう我慢できなかった。
「なんで!? なんで今更、その傷直しちゃったのよ! あんたの傷は、あんたのきずはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
あんたの傷は、罪人の証。決して許されない罪咎の証。それなのに、それなのに直されちゃったらお母さんが、お母さんが可哀想すぎる!!
「やめなさい! やめなさい倉田さん!」
うるさいっ! あんただって事情位は知っている筈じゃないか! なのに何で邪魔をするの!?
構わず相川の胸倉を掴み、消えた傷跡をもう一度刻んでやる! 今度こそ消えないように。
「痛いっ! 痛いっ! ゆるして、く、らたさん!」
「お願いです! ゆうしゃさま。倉田さんを止めて!」
そうだ。こいつが! 勇者なんて呼ばれてる胡散臭い奴が余計な事をしたから!
「止めるんだ。落ち着いて!」
構わず相川の顔を傷つける為に、もう一度、お母さんの生きた証を刻み込む為に。
邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
「何事ですか? 勇者様?」
「丁度よかった。ジョゼ! この子に眠りを!」
うるさいっ! 余計な事をするなぁぁぁぁぁぁっ!
憎い相川を、あの顔をもう一度ぐちゃぐちゃにしてやるっ!
「荒ぶる魂に一時の平穏を。スリープ!」
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎
ぷつっ!
☆
私は、当時11歳、五年生だった。クラス替えで初めて明乃さんと一緒になれた。その前から、明乃さんの事は良く知っていた。お金持ちのお嬢様で、クラスのリーダー的な存在。そして、誰よりも目立つ、一際光り輝く存在。それに比べて私、倉田美津江は、貧乏だった。毎日、毎日、給食以外はパンとミルクのみ。たまに行くマックのハンバーガーが大のご馳走だった。そんな生活。
それも、これも、私と母との目標があったからだ。それは、いい学校を出て、いい働き口を得て、いい人と結婚できる、そんな人生を私が生きられるように。その為の努力を何でもして生きようと。
四年生の頃、離婚を期に、母の実家近くにある私立白鳥坂学園に編入した。通常なら小学校、あるいは幼稚園から通っている生徒ばかりのこの学園に中途編入は基本受け付けていない。しかし、母が父からせしめた慰謝料のほとんど全額を寄付して編入試験の権利を得て、私が奨学金を貰える程度の学力を証明した結果、晴れて編入試験に合格。この学校に通わせて貰える事になったのである。
だけど、この学校は明乃さん程ではなくとも、皆それなりに裕福な家の子供が通う学校。あからさまに家柄で差別するような風土は無かったけど、普通以下の生活をしている家の子供には、ハードルの高い世界だった。
そんな中で、私と同じような家庭環境からこの学校に通っていたという相川しずくという子がクラスメイトに居たと知った。
この裕福なお嬢様ばかりの環境で私一人が貧乏だと知られれば、クラスで浮いていたのは私だったに違いない。でも、このクラスには私と同じ境遇の者がもう一人存在する。この事が意味する事を私が考えた時、私が取るべき手段はただ一つ。私が受けるであろう差別をさっさとこの子に押し付けて自分は安全な所に居よう、と。
不幸な事に、彼女は、私と同じ奨学金を得て通学している。しかも、彼女の方が少し成績はいい。この学校の私的奨学金なので、成績によっては支給額の増減があるという。このままでは私の奨学金は減らされる。それは、今以上に厳しい生活の始まりを意味していた。だから、私はクラスメイトにこう囁いたのだ。
「学校の他に塾にも行かず今の成績をキープしている相川さんは、何か不正をしているんじゃないの?」
流石お嬢様学校の生徒たち。彼女らは私の言いがかりみたいな疑問に疑いも無く同調して、相川を徹底的に調べるようになった。
やがて、誰かが休日になると、地元の図書館で勉強している相川を発見した。
そこで、相川は見知らぬ男と勉強していたのだ。直ぐに判ったことだが、その男は図書館の常連で顔見知りというだけの高校生でどうやら相川に下衆な感情を抱いて接触していたようだ。
有志のクラスメイトと共にその男と私は話をしてみた。その際、相川が実はあなたに恋慕の情を抱いていると相談を受けた。と、説明してやると男は、馬鹿丸出しで喜び、本気でアタックしてみると宣言した。小学生相手に高校生が、である。
翌週の日曜日。数名の仲間と共に図書館に隠れて二人を監視していたが、小一時間が経過した頃、参考書を探しに書架の陰に隠れた二人は、ややあって揉み合いになった。
「愛してるんだ。しずくちゃん!」
「いやっ! やめてっ! 離してっ!」
うわっ! キモイ! 本気で小学生に求愛するキモ男と、無理やりキスされそうな相川の姿に本気で吹き出しそうになる。余りにも面白いので、クラスメイト達に写メ撮ってもらい、拡散することに決めた。
やがて、余りにも暴れすぎたのか、書架が転倒する。憐れ、キモ男と共に書架の下敷きとなった相川に大笑いしながらこの日は退散した。顛末は知らない。
次の日から一週間程相川は学校を休んだ。
どうやら入院していたらしい。
その間に色々と仕込みを行い、相川が出てくる日を楽しみに待っていた。
一週間ぶりに出席した相川は、頬に貼られた絆創膏も生々しく、しかし、そんな事お構いなしにその日朝一番に職員室に呼び出された。不純異性交遊の疑いで事情を聞く為だ。
「お前が図書館で高校生位の男とキスしている写真が出回っている。この写真はお前だよな?」
そう、あの日撮った写メをプリント、コピーし学校中にばら撒いた。遠目ではあるが、完全にキスしている様に見える傑作だ。
余りの超展開に相川絶句。何も言えずに泣き出して職員室がパニックになった。
だが、そんなもので許す訳がない。精々再起不能になって貰わないと私の奨学金が危ないのだ。
教室では、既にクラスメイト達が相川を吊し上げる為に最大権力者である明乃さんに相川の罪状を告白し、クラスの総意での弾劾を実行しようと画策していた。
「そういう事でしたの。つまり、相川さんは奨学金を不正に受給する為に見知らぬ高校生を誑かしてカンニングペーパーを作らせたりしていた。その企みがバレたら自爆覚悟で諸共相手を害しようと」
「そうなんです。私達はたまたま彼女達が図書館で揉めている場面を目撃して……いやらしくも、相川さんが男に体を触らせて油断した隙に本棚を倒して男を殺そうと……」
「な、なんて恐ろしい……判りました。そんな人にこの学園の秩序を蹂躙させる訳には参りません。かくなる上はおじいさまに事情を申し上げて、相川さんは退学にしていただきましょう」
明乃さんはそう約束してくれた。ふふん。案外チョロイのね。憧れの存在だった彼女すら掌で躍らせる事に成功した私は、最早恐れるものも無い、全能の存在。そう、信じてしまう程にはやはり幼かった。
調子に乗って詰めを誤ってしまったのだ。
だから、あんな悲劇が降りかかったのだ。