02・少女達の因縁に首を突っ込むとか、それ俺の死亡フラグになってませんかねぇ? Aパート
王女たちのお古とはいえ、きらびやかなドレスに身を包んだ美少女たちは、きゃいきゃい言いながら晩餐の会場に入ってきた。
その中にかなり目立つ一団がいた。
中心に居る少女は黒髪だらけの少女達の中では少し異質で、丁寧に脱色しているのであろう栗毛色の髪の少女であった。確か、赤いビキニでやって来た少女だったか? 四人の取り巻きに囲まれていた彼女は、深紅のドレスを纏い、生まれた時から貴族でした、といった感じで威風堂々と会場入りしてきた。
彼女は俺を見つけると優雅な歩き方で俺の前までやってきた。
「はじめまして。勇者様、で宜しいのかしら?」
「この場にやって来た君達も、既に『勇者』ではあるのだけどね。俺の勇者という呼称は既に俺を指す固有名詞と化しているから、そう呼びたければそう呼んでくれて構わない。それで、君は?」
「申し遅れました。わたくしは五条明乃と申します。私立白鳥坂学園の7年生百合組で学級長をしております。この度はわたくしたちに対し保護とお口添えを賜り誠にありがとうございました。白鳥坂学園の一同を代表して御礼申し上げます」
とても、両親の躾が行き届いているかの様な丁寧な口上である。俺に対しての警戒心がにじみ出ていなければ、だが。
「丁寧な御挨拶いたみ入ります。だが、同郷の者同士、助け合わねばこの世界では五体満足で生きてはいけない。美しく、優美な世界ではあるけれど、それだけで安全とは決して言えない世界だからね。まして、この場でフェアな話合いをするならば、俺は常に君達の側に立って話をするべきだと思うし。王にしろ、宰相のジジイにしろ、善人ではあるが、立場としては君達を戦場に送り出す側の人間なのだから、ね」
そう言って俺はこの場は去って行く。後ろでは明乃嬢の取り巻きが
「やっぱり、いい人だったんだよ」
「ちょっと、カッコいいもんね」
「王様ともタメ口だったし、偉い人なんだよね」
「なんかあの人の為なら頑張れるかも」
YES! とりあえずファーストコンタクトは上手くいったようだ。
問題は、明乃嬢本人かな?
あの娘からは、トラブルの匂いがするからな。なんか、裏でいじめでもしてそうな印象だし。
と、思っていると、その懸念を裏付けるような場面が直ぐに訪れた。
「あら、相川さん。随分と地味なドレスですわね。お着換えも遅かったし、心配してたのですわよ?」
どうやら一番最後に会場入りした鼠色のドレスを着た少女に対し棘のある台詞をぶつけている。
正直かろうじてドレスコード的にはOKであるものの、この場の雰囲気としては場違い感は否めない。そもそも、基本は貴族の外出着である。この場であの地味な服を着ているのは他の生徒を見ても異質に見える。
「……そ、それは、あ、なた、が……何着も」
消え入りそうな鼻声交じりで、それでも少女は明乃嬢に対して非難をしようとするが、周囲がそれを言わせまいと上書きするようにまくしたてる。
「なにを言い訳しているのよ!」
「私達が心配してるのに、そんな言い方って無いでしょう?」
「考えてみれば、いつもいつもあなたそうよね!」
「そうやって全部他人の所為にして、楽しい?」
「え? っ! ど、っ、ど、う、し……」
涙目で俯いた少女、既に反論しようとした勇気は霧散してしまったようだ。
良く見ると彼女の頬には大きな傷跡がある。黒髪パッツンの美少女といっていい容姿ながら地味で目立たない、目立つ事を拒否しているような振る舞いの中、その傷跡だけが異様に存在を強調している。ちょっとした傷跡という訳ではない。最近のものではなく、明らかに一年とか、その程度前に負った傷であることは明白である。
「ああっ! また、五条さんたちは……」
そう言って憤っているのは、さっきのロリババァ先生であった。
「失礼ですが、止めなくていいのですか? これ以上エスカレートすると他の参列者に対しても余り宜しくない見世物になってしまいますよ?」
俺がそう示唆すると、
「お恥ずかしい話ですが、私共にも事情があって、余り五条さんに対して強く出れないのです。普段は適当な所で飽きてやめてくれるんですけどね。こういった場の雰囲気が悪いのでしょうか?」
随分と弱腰なんだな。しかし、特殊な状況でハイになっている少女達に理性的にと言っても通用はしないだろうに。
この晩餐会。当然ながら俺達日本から来た勇者だけが参加者ではない。王族こそ後から別に入場する予定であるが、その他にも王都に居る法衣貴族達やその家族も参加する事になっている。ここで、個別に伝手や人脈を作る事が目的でもあるからな。その中で身内ばかりのトラブルを見世物にするのは得策ではない。
やむを得ず俺は助け船を出す事にした。
「はじめまして。お嬢さん。相川さん、だっけ?」
俺は俯いたままの少女の顔を覗き込むように、下から潜るように彼女に挨拶した。
「! っ、い、や……」
速攻拒否られた。がっく死。
「ゆうしゃさん。一体何を?」
先生が責めるように俺を睨み付けるが、その目は御褒美ですよ。ハァハァ。
「相川、なにちゃんかな? 教えてくれないかな?」
めげずに俺は優しい声音でリトライする。ちょっと、いや、かなり怯えながらも流石に空気を読んだのだろうか? 何とか俺の問いに応えんとする相川ちゃん。
「あ……い、か、わ……し、ず、く……」
焦るように明乃嬢が俺の興味を引こうとする。
「勇者様! そんな娘ほっといてわたくしたちともっとお話をしま」
「黙って見てろ!」
思わず怒鳴ってしまった。ヤバす。さっきの好感度が一気にマイナスに……
「しずくちゃん。名前、教えてくれたお礼に一つ魔法を披露したいんだけど、協力してくれないかな?」
いま一つ理解していないようで、ぽかーんとしているしずくちゃんと怒鳴られてフリーズしている明乃嬢たち。しかし、リアクションは別の人々からいただけた。
「おおおっ! もしかして、勇者殿の」
「ああ、奇跡をお見せいただけるのか?」
「これを見られるのなら無理を押して来た甲斐もあったというもの」
「然り然り!」
何やら起こるという空気を感じたのか? 貴族たちの期待感を感じて周囲で所在無さげに佇んでいた他の少女達も近寄って何かが起こるのを見ようと集まってきた。十重二十重に取り囲まれた俺としずくちゃん。注目が集まるごとにしずくちゃんは居心地悪そうな顔になっていく。当然、彼女は傷跡が注目される事を拒絶するように隠そうとする。
だが、ここは残酷なようだが、その傷跡の存在を強調しなければならない。
俺は彼女の顎を親指で持ち上げ、隠そうとする手を優しく、だが強引に除けた。
俺の顔としずくちゃんの顔の距離は約10センチ。頬を赤く染め、パーソナルスペースを侵略した俺をそれでも拒絶できない彼女は、もはや堕ちる寸前。だが、俺は彼女の期待とはちょっとだけずれた台詞を吐いて肩透かしを決める。
「今から君の頬の傷跡を治療する」
「へ? それ、お、医者さまでも、直せな、かった、のに?」
「そんな! まさか?」
「なんで?」
「ふんっ! 無理に決まってるよ」
「でも……」
「今更、そんな……」
明乃嬢や取り巻きの四人のリアクションが何かおかしいが、とりま気にせず、俺は予め用意していたスクロールを取り出すとキーワードを唱え魔法を発動させる。
「数多なる精霊の加護により、今彼の者の躰に癒しの奇跡を。エクストラヒーリング!」
ぽわーっ、と白い光がスクロールより発し、しずくちゃんの躰を照らしていく。眩しさに目を閉じたしずくちゃんの頬にあった傷跡は光に喰われたかのようにその大きさを減じて行く。30秒程で10センチ近くあった傷跡は跡形も無くなった。最近の傷であれば10秒たたずに消えるのであるが、それだけ古い傷跡なのだろう。
「さあ、確認してみて。傷は完全に消えたよ」
懐から手鏡を取り出し、しずくちゃんに手渡す。始めは胡乱気な表情だったしずくちゃんだったが、
「え?」
渡した手鏡に映った頬をみると、慌てて自分の頬を何度もぺたぺたと触り出した。
「あ! ああ、あああっ! な、ない。きれい、に、なって、る?」
おおおおっ! と、周囲の反応が大きくなるにつれ、段々と実感が湧いてきたのだろうか?
ふふん。俺はドヤ顔で
「ごらんになられましたか? この世界の魔法には、かようにすばらしい。場合によっては日本の技術すら超越する魔法のようなものも存在します。無論、このレベルの魔法はこの世界でも稀有な存在ではありますが、実は皆さんも既にこれらの力を手に入れております。後日個別に指導する事となりますが、どれを取っても恐らく他に比較する事の出来ない素晴らしい権能を持つ事でしょう。何を言いたいのかと言うと、つまり、ここに居る皆さんは、既に他に代える事の出来ない素晴らしい存在であるという事。そういう人々の集まりなのですよ。君達は! ですから、誰それをあげつらったり、自己の評価を低く見積もったりする必要は全く無い! 一人一人がオンリーワンな存在なのです。だから」
ここで、俺は明乃嬢らのグループを見渡し、
「誰かを攻撃して敵に回すような愚かな行為は厳に慎んでもらいたい。実際、この世界は人間同士がいがみ合ったままで乗り越えられる程度の甘い世界では無い! 先程、君達の安全を守ると約束しましたが、自らいがみ合ったり、誰かに対して害意をあからさまにするような隙のある人までは到底守り切れるものではない。この世界で不用意な行動を取り、危険を誘発するような愚かな人はこちらも遠慮なく切り捨てる覚悟です。改めてお願いします。厳に身を慎みそれぞれ仲間を大事にしてください。それだけを守ってくれるのであれば、私も皆さんを絶対に守ってみせます。だから、それだけは約束してください。お願いします」
そう、言って頭を垂れた。
やがて、ぱちぱちと、手を叩く音が、まずはロリババァ先生が、続いて法衣貴族たち、そして、周囲の遠巻きに見ていた少女達も拍手をするに至り、大団円となる、かと思いきや、
「う、うわぁぁぁぁん!」
すわ、突然慟哭の声が!?