表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/48

第4話 それぞれの日々2-ルキア

「……さてと、準備完了!」


 ヘレナに注意された通りに洗濯を終え、身なりを整えた私は、壁付き姿見の前でくるりと回って全身を確認する。

 「魔術師の正装」といっても良いほどありふれたものである、紺色のフード付き外套(マント)と、同じ色の丈の短いワンピース。

 汚れや皺もなく、どこにでもいる若い魔術師の装いだ。

 ……不審なまでに、“顔を隠している”ことを除けば、だが。


(……いい加減見慣れはしてるけど、やっぱり変よねえ)


 鏡に映るのは溜め息をこぼす口元のみで、鼻から上は全てすっぽりフードの中。一歩間違えれば、変質者に見えなくもない。

 しかし、残念ながらこれが私の正装だ。


 何せ、私の顔は“領主の一人娘”ロザリアに非常によく似ているのだ。

 それはもう、「他人の空似(そらに)」ではどう(つくろ)っても誤魔化(ごまか)せない程に、ほぼ同じ顔をしている。

 ヘレナが言うには背丈や体格もそっくりだそうだ。さすがは双子、一緒に十月十日(とつきとおか)を過ごしただけはあるわ。


「まあ、お面をかぶるよりはマシよね。フードぐらい」


 本当は家に引き篭もっていればいいのだろうけど、それでは生活していけないのだから仕方ない。

 幸いにも女なので「恥ずかしがり屋なんです」と言えば、大抵の人間は信じてくれるし、むやみにフードを外そうとしたりもしない。

 ……まあ、そんなことを許すほど、私も弱くはないつもりだけど。


「……ちょっと髪の毛伸びたかな」


 フードの端からちょろりとはみ出る灰桃色を、軽くつまんで耳の後ろへ隠す。

 貴族の令嬢らしくロザリアは髪を伸ばしており、その色もまた周知だ。

 それほど珍しい色ではないけれど、私が疑われる要素になるのなら、当然隠さなければならない。まだ肩につくほどではないけれど、そろそろ切った方がよさそうだ。


「いつか、私も髪伸ばしてみたいな」


 普段なら心の奥に押し込んだ願望が、少しだけこぼれ落ちる。

 髪を伸ばすことも、お洒落(しゃれ)な服を着ることも――この顔を晒して外を歩くことも、メルキュールに居ては叶わないことだ。


 そもそもリーズリットの親族の中には、私が生きていることそのものを良しとしない者だっている。

 (おさ)であり侯爵位を継いだ父が止めているから無事なのであって、勝手にこの家を出て行けば、恐らく暗殺者が差し向けられるだろう。


(独り立ち費用ももう少し足りないし、頑張らないとなあ)


 安全にこの街を出るための貯金もしているけれど、生活をしながらではどうしても貯まるのが遅い。

 結局、「野垂れ死んでもここから逃げたい」という覚悟を持てない私も悪いのだ。

 ヘレナに依存していることも、自覚している。……だから、髪を伸ばすのは、もう少し我慢だ。


「ああ、()め止め。一日の始まりが暗くなっちゃうわ! さっさと出かけよう!」


 曇りを増す心を振り払うように頬を叩いて、財布(さいふ)をポケットに押し込む。

 戸締りだけはきちんと確認して外へ出れば、よく晴れた心地よい天気だ。これなら洗濯物も夕方までには乾くだろう。


「いってきます」


 返事のない挨拶を家にかけ、もはや見慣れたメルキュールの街へ歩き出した。




 さて、私が今日用があるのは、華やかな店が立ち並ぶ大通りではない。そこから二本ほどそれた、ちょっと怪しい裏通りだ。


 今の私の生活費は、リーズリット家から援助が少しと、あとは自分で稼いでいる。

 ヘレナが言うには全額援助も望めるらしいけど、それではますます独り立ちが遠のくというもの。多少不便だとしても、自分で働いた方が気分も楽だ。

 かと言って、顔を出す仕事はできないし、接客業などもってのほかだ。

 消去法で吟味した結果、私が選んだ仕事は、これ。


「こんにちはー」


 灰色を基調とした、石造りの少し古い建物。

 薄暗い店の装丁の割りに、扉の鈴の音だけは妙に軽やかに響く。


「おう、いらっしゃい嬢ちゃん」


「こんにちはマスター。何か面白そうなの入ってる?」


 (いた)んだ木製のカウンターから出迎えてくれるのは、よく日に焼けた大柄の中年男性。

 顔にまで傷を刻んだいかつい彼は、ここの店主だ。今は落ち着いているけれど、元は傭兵だったらしい。


 建物の中は非常にさっぱりしていて、木製の机と椅子が数個並べられているだけ。不衛生とまでは言わないが、この殺風景な場所で食事をとりたい人間はまずいないだろう。

 窓にカーテンすらかかっていない空っぽの室内で、壁にだけはびっしりと紙が貼り付けて有る。

 大小規格もばらばらなそれは全て仕事の求人表だ。いかつい風体の男達が数人、それらを吟味するように眺めている。


 ここは単発の仕事のやり取りする場所――いわゆる、冒険者ギルドだ。

 私の選んだ仕事とは、これ。簡単にいえば、『賞金稼ぎ』だ。


 実はこのアウリール地方は、魔物の被害が少ないことで有名な土地である。

 国内全域で確認される不定形の化け物『魔物』は、王都を含めたどこにでも出没する極めて危険な存在だ。


 しかし、この地を治めるリーズリット家は魔術師の一族。本来ならば人を雇って対策をするはずの街の守り、『結界魔術』を領主家自身がどうにかできるのだ。

 当然手入れや対策がすぐにとれるため、メルキュールを含めた街の中は、いつでも安全な状態に(たも)たれている。


 ところが、人外の心配が無いとわかると、今度は人間がオイタをするようになってしまった。

 この中心都市メルキュールとて例外ではなく、潜伏している賊の多さは国でも指折りと言うのだから、実に情けない話だ。


 もちろん、公安機関は機能しているし、街の人々が自警団だって運営している。

 それでも全ての事件に対応できるわけではなく、結果出来たのがこのギルドというわけだ。


 今では手隙の傭兵や旅の魔術師、また私のような“わけありの人間”には、とても有難い場所になっている。


「昨夜はお疲れ様だったな、嬢ちゃん! あの泥棒には手を焼いてたって、公安のヤツらが喜んでたぜ」


「おかげでこっちも寝不足だけどね。逃げ足速いのなんのって」


 マスターが差し出す依頼書にサインを記し、引き換えに報酬金を受け取る。

 今朝私が寝不足になっていたのは、ここでの仕事を請けていたからだ。昨日の夜に掴まえたのは公安機関から要請のあった泥棒案件で、報酬もそちらから支払われているものだろう。


 このギルドでは個人から団体まで幅広い層から依頼が舞い込み、仕事の内容もペット探しから護衛や討伐任務と様々なものがある。

 中でも私は、報酬金額が高めの荒事を主に請け負う戦闘屋だ。

 ……顔を隠した小娘など怪しさ全開だというのに、マスターもよく仕事を回してくれるものだ。いや、もちろん有難いのだけど。


「そうそう、ちょっと危険なヤツだが、新しい依頼が入ってるぜ? 聞くか?」


 ふいにマスターの薄い唇が悪い形に笑って、肌に合わず妙に白い歯が光る。


「え、なになに? 手応えありそうなやつ?」


「ははっ! 嬢ちゃんは見かけによらず、本当に荒事好きだよなあ」


 豪快に笑う彼の声に、壁を眺めていた男たちがやれやれと肩をすくめて見せる。


 別に荒事が特別好きなわけでもないし、痛いことはむしろ嫌いだ。

 それでも、報酬が高いこうした仕事は有難いし、娯楽の全くない私の人生で、魔術を極めることは唯一の楽しみなのだ。


(まあ、悪事を働いた己を恨んでもらうしかないわね)


 私にボコられる人たちには、ほんの少しだけ申し訳なさを感じつつ、マスターがいう『危険な仕事』に心が浮つく。

 殺さないよう加減を学ぶにしても、罪人はとてもいい相手なのだから。


「おお、あったあった。ほら、詳細だ」


「マスター、一応仕事なんだから、整頓しときなさいよ」


「ははっ悪ぃ悪ぃ」


 彼の背後でバサバサと崩れる束を後目に、渡された数枚綴りの書類に視線を走らせる。

 題目として掲げられているのは、『生死問わず』の最も過激な一文。

 続く名前は『盗賊団・赤髑髏(あかどくろ)』。


「……ずいぶん禍々(まがまが)しい名前ね」


「北の方で騒いでやがった連中が、メルキュールに仕事場を移したって噂でな。殺しまがいなこともやってる厄介なヤツらだ」


「へえ……」


 平静を崩さぬように顔を作り、ぺらぺらと紙をめくる。

 どうやら、かなり大所帯(おおじょたい)の盗賊団のようだ。これまでの手口や被害件数が情報として続き、そして……


「うわっ! すごい金額ついてる!」


 彼らにかけられた賞金額は、荒事依頼でもなかなかお目にかかれないほどの高額だった。

 この一件だけで、ゆうに半年以上は遊んで暮らせるだろう。

 思わず桁を数え直す私に、マスターがまたけらけらと笑っている。


「だろう? 厄介っちゃー厄介だが、この金額はそそられるよなあ」


「確かに、これは魅力的だわ……」


 報酬の出所は、お金持ちの家が何件か連名しているようだ。恐らく、それだけ警戒する相手なのだろう。

 金額の高さがすなわち危険度を示しているにしても、独り立ち資金を貯めたい私としては(あらが)いがたい案件だ。


「どうだ? やるかい嬢ちゃん」


「……請けるわ。手続きよろしく」


「そうこなくっちゃな! 嬢ちゃん用にとっといた甲斐(かい)があったぜ」


 カウンターから伸びた手に背中を叩かれながら、依頼書に名前を記す。

 マスターの期待に応えるためにも、これは全力で挑ませてもらおうじゃないか。


(盗賊たちには悪いけど、私の独り立ちの資金になってもらうわ)


 寝不足のだるさはすっかり消えて、頭は早速『赤髑髏捕獲計画』へ動き始める。

 いかつい男たちに見守られながら、貴族令嬢でなく『賞金稼ぎのルキア』としての新たな一日がまた始まるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ