第37話 騎士交戦中
『魔術師』とは、一人で戦うものではない。
それは戦場において、暗黙の了解である。
彼らは大変重宝される戦力だが、必ず詠唱という手間を必要とする。
詠唱は大抵威力の大きさに比例して時間がかかるもので、その間の時間稼ぎを誰かに頼むのが常だ。騎士はもちろん、『前衛』と呼ばれる者にとっても当然のこと。
ルキアがこれからつく最高職の『神官』さえも、同様だったのだ。
(……ルキアは、さすがだな)
駆け抜けて行ったルキアを目の端にとらえて、斬り合いのさなかだというのに、レンはつい唇をゆるめてしまった。
――ルキアは、一人で戦える。
会話をしながら声を出さずに詠唱をするような者も、己の身体能力を上げて突っ込んでいくような者も。レンの知る『魔術師』にはいない。
他の者のように目を閉じて集中したりしなくても、彼女は『魔術師』であり、己の脚で駆けて行ける強さがある。
――これまでの十七年、たった一人で戦い続けてきたからこそできる芸当だ。
(こんな辺境まで、迎えに行かせるわけだ)
改めて見るルキアという少女は、華奢な外見に似合わずとても頼りになる戦力だ。
偶然が重なって、レンもカイも彼女を助けるという形でばかり関わってきたが、こうしてみれば名うての賞金稼ぎというのも納得がいく。何しろ、守られたのはレンの方だった。
(あれを食らっていたら、俺も無事じゃなかった)
切り込んできた刃を打ち返し、体勢を崩した男の腹を蹴り飛ばす。
こうして剣や槍で戦うのは慣れていても、騎士はやはり対魔術戦の知識が足りない。ごく当たり前のように守ってくれたルキアは、まさに『命の恩人』だ。
(礼をしないとな)
出会ったあの夜にレンが助けたことを、ルキアは今も気にしている。
川の件では同様にカイを『命の恩人』と感じており、そのせいで騎士たちに恐縮しているようなところがあるのだ。
助けられた今なら、レンはおあいこだ。変な気遣いはなしにして、ルキアとの穏やかな関係を進めていきたいのだが――
(――まずは、さっさとこいつらを片付ける)
背後に迫った別の男に振りぬいた柄の先を叩きつけ、切っ先は前方の新手へ向ける。
聖騎士団騎士として、また『器物破損率一位』の破壊力を誇るレンとして、たかが賊にわずらわされるつもりはない。
しかし、思いのほか対峙する男たちの動きが良く、時間がかかってしまっている。
ルキアが言うには今までの賊と同じ一味らしいが、動きは格段に上だ。中には賊と呼ぶのが勿体ないほど、巧みに剣を使う者も混じっている。
負けることはないが、殺さずに無力化するのは骨が折れそうだ。
「……ッ、ルキア!!」
そうこう考えながら戦っている内に、ロザリアと魔術師たちが庭の奥へと逃げて行くのが見えた。もちろんルキアも、それを追って続いて行く。
慌てて止めようと手を伸ばすが、こちらには幾人もの賊がまだ立ちはだかっている。
歯噛みするレンに一瞬だけちらりと向けた青眼は、全幅の信頼を寄せるように笑っていた。
(……早く片付けないと!)
ルキアの後ろ姿は、あっと言う間に樹の陰へ消えていく。
リーズリット邸は屋敷の大きさに対して、庭がかなり広い。
ただ観賞用に楽しむのはもちろんだが、貴族によくある“隠れて会う場”としても使えるよう、背の高い樹や入り組んだ垣根もあるのだ。
住人であるロザリアはそれらを熟知しているだろう。ただでさえ一人で相手をしているルキアは、ますます不利になってしまう。
「くそっ!」
振るった刃は的確に相手を捉え、骨が折れる音と共にその体を吹き飛ばす。
しかし、ぞろぞろとレンを取り囲む賊たちは、まだ十人以上残っている。その誰もが好戦的な目でレンを睨んでおり、退く様子もない。
(……しぶとい!)
いっそ深手を負わせて戦意を削ぐべきか?なんて暗い考えすら浮かんできてしまう。
苛立つままに巨大な剣を振るい、次の相手へ叩きつけようとした――その瞬間、
「お待たせー加勢するぜっ!」
「ぐあッ!?」
捉えた相手の頭上に、見慣れた白い外套が落ちてきた。正しくは、見慣れた相方のブーツの跳び蹴りが。
「……カイ!? 護衛は?」
「なんかオレいなくても大丈夫になったんだとさ。よっと!」
長い薄青の髪を背に躍らせながら、姿勢を直すカイは動作の間にもう剣を抜いている。
どうやら頭上……屋敷の二階から飛び降りて来たらしい。反動も気にしない身のこなしは、騎士というより軽業師のそれだ。
驚くレンに不敵な笑みを返すと、当たり前のようにレンと背中合わせに立った。
「今の流れは上からも見えた。さっさとこの連中片付けて、ルキアを追うぞ!」
「……ああ!」
死角をなくした騎士の刃が二本。英雄めいた美しい姿に反して、残酷なほど鋭い刃が輝く。
対するは賞金首の最後の猛者たち。その“濁った目”は恐れを知らず、ただただ剣を構え駆け出して行く。
――もはや目前の“赤く染まる髑髏”は見えずに。




