第34話 会食前夜
家族との初顔合わせの昼食会は、いよいよ明日となった。
昨日は寝過ごした挙句、うっかりレンとのお茶を楽しんでしまったので、今日こそは『賞金稼ぎのルキア』として情報を集めてきたのだけど……
(不安要素は消えてないわね)
顔を出しに行ったギルドでの話を思い出し、思わず眉間に皺が入る。
協力してくれた騎士二人のおかげもあり、『盗賊団・赤髑髏』は街に被害を出すことなく、ほとんどの所属員が捕まったらしい。
身柄を確保している公安機関から、「ぜひ感謝状を出したい」と言ってもらえたぐらいだ。
……しかし、残念ながら頭目を含めた上の連中は、まだ捕まっていないようだ。今も機関で尋問が続いているけど、彼らもなかなか口を割らないため、捜索は難航している。
(一部の人間は『誰かが支援している可能性』も疑っていると言っていたわね)
さすがに“本職”である公安機関だ。何かしら感じるものがあったのだろう。
――そしてその支援者は、私の妹の可能性が高い。この地域で一番自由に動ける『領主』という、本来街を守るべき血筋の娘。
「ロザリア……」
実の妹に殺意を抱かれているなんて、信じたくはない。そもそも、彼女があんな汚い世界に関わっているなんて思いたくない。
しきたりを重んじるリーズリットの年寄りどもならまだしも、産まれるまではずっと一緒だった双子なのだから。
しかし、レンが私に嘘をつく理由もないのだ。ロザリアが敵である可能性は、多分私が思うよりも高いのだろう。
答えの出せない私に、今できることと言えば一つだけ。
「……こんなの、会食に行く準備じゃないわよね」
目の前のテーブルに並ぶのは、銀製のナイフと皿、そして水で落ちにくい特殊なインクと新品の羽ペンだ。
清めたナイフで手を切って血を垂らし、インクをよく混ぜたら準備完了。羽ペンの先をひたし、少し血生臭いそれを使って『自分の体』に魔術陣を書き込んでいく。
これは魔術の準備なのだけど……近道とでも言おうか。こうすることで呪文を省略でき、発動までの時間を大幅に短縮できるのだ。
魔術師の中にはよく使う魔術を刺青で刻んでおく人もいるほど、有名な方法である。ただリスクも伴うので、私はするつもりはなかったのだけど。
(使う時のことも考えれば、見えないところの方がいいわよね)
彼らに対して思うところがないわけではないが、魔術陣だらけの顔や体で訪問するほど非常識ではない。
何より、そんな状態で行けば『貴方たちをめちゃくちゃ警戒してますよ』と主張しているも同然だ。ただでさえ敵視されているかもしれないのに、煽るのはよろしくない。
お腹や太ももの内側など、服で隠れる場所に陣を書き込んでいく。魔力を込めて、少しずつ丁寧に。
内容は身を守るための防壁や身体強化の魔術だ。攻撃魔術を仕込んでもいいけど、できればこちらからはあまり危害は加えたくない。
私はもうすぐこの街を出て、神官になるのだ。王家に直属で仕える、国内最高位の魔術師に。
今後何があるかわからない以上、『あくまで家の事情に振り回された被害者』の立場は崩すべきではないだろう。リーズリット家はもちろん、他の者にもつけ込まれるような弱みは作らないように。
「……こんなもの、使わないで済むのが一番なんだけどね」
思ったよりも深い溜め息がこぼれる。
血の繋がった実の親と姉妹。感動の再会とまではいかなくても、ただ『会いたかった』とそう言ってくれたなら、私はそれで十分なのに。
しかし、油断はできない。
公安機関が言うには、赤髑髏の上の連中には『魔術師くずれ』も混じっているらしいのだ。
もしロザリアが本当に彼らと繋がっているとしたら、魔術での戦闘もありえるかもしれない。
……領主の屋敷で賊なんか出たら、それこそ大問題だとは思うけど。しかし、領主だからこそ、それを“味方の戦力”と認めてさえしまえば、どうとでも誤魔化せる。果たして今回はどちらになるのか。
(私の確たる味方は、二人の騎士だけか。まあ、だけと言うには頼もしすぎる戦力だけど)
手を伸ばしてカーテンをずらすと、窓の外は深い闇。今夜は雲が厚いのか、月も星も見えない真っ暗な空だ。まるで今の私の心のようだと笑ってしまう。
「どうか何ごともなく、ただ平和な会食として、終われますように。初めて会える家族と、笑ってお別れできますように」
きっと誰にも届かない祈りをこぼし、そっとまぶたを伏せる。
今夜の街はただ静かで、穏やかだった。




