第31話 進む準備
「ルキアは夜明けと同時に家に帰ったみたいだぞ」
「……そうか」
翌朝、屋敷に早々に届いた報せに、騎士二人は安堵とも呆れともつかない息を吐いた。
昨夜、宿からの帰りがけに公安機関へ立ち寄り、「巡回時にあの宿を見てくれ」と頼んでおいたのだが、一組目が様子見に行った時には、ルキアはすでに宿を出た後だったらしい。
ゆっくりしろと伝えたはずなのだが、彼女らしい行動に苦笑がこぼれる。本当に彼女は警戒心が強く、他人に甘えることが苦手なようだ。
そんな中で弱い姿を見せてくれる自分たちは、信用に足りる『特別』だと思われているのだろう。それは誇らしいことであるのだが、もう少し年相応の考え方をして欲しいとも願ってしまう。
おそらく同じようなことを考えていた二人は顔を見合わせた後、また少しだけ笑ってから姿勢を正した。
――さて、昨夜騎士二人が屋敷に辿り着いたのは、もはや「今日」になってからの真夜中だった。
にも関わらず、リーズリット夫妻は共に起きており、二人の帰還を青ざめた顔で待ち続けていた。
特に今回はルキアの様子を見に行ったカイが帰らず、それを追ったレンともしばらく連絡がつかなくなるという状態。しかも、稀なほどの悪天候だ。最悪の予想をしつつも、眠れずに待っていたらしい。
カイが無事に助け、今夜は宿で休ませていることを告げれば、涙を流しながら安堵していた。
やはり彼ら二人は『ルキアの両親』であり、離れていても娘を案じていたのだろう。騎士たちやルキア本人が思うよりもずっと。
そんな様子であったので、夫妻はカイからの提案を快く受け入れてくれた。
護衛の件でなく、ルキアから頼まれた『話し合いの場』を設けることについてだ。
さすがにロザリアの件については伏せておいたが、彼女も交えて話し合いをしたいという提案に、すぐさま予定を確認し、都合をつけるよう手配してくれていた。
……おそらく、彼ら夫妻は会いたくて堪らなかったのだろう。そんな様子がひしひしと伝わってきて、騎士二人はつい口元をゆるめてしまった。
先に頼んであった「出立までルキアを屋敷におくこと」についても前向きに検討されているらしく、この話し合い次第でどうにかできるかもしれないということだった。
「うまく進んでるな」
「そうだな。まあ、あの夫妻は本当に子供想いの両親っぽいからな。こんな機会ではあるが、娘に会えるなら多少の無理もしてくれるだろうよ」
昨夜の夫妻を思い出し、また騎士二人は穏やかに笑い合う。
夜が明けた現在、二人は共に視察官の護衛として廊下に控えている。
この視察官も本当にお人よしな人物で、自分の護衛をないがしろにされてしまったにも関わらず、ルキアの身を案じ「何かできるなら言ってくれ」と進んで騎士たちに協力してくれている。今日もこの後、どちらかが彼女の元へ行くことを、彼自ら勧めてくれたほどだ。
ルキアを取り囲む事情は複雑だが、その分味方も多いようで、騎士たちとしてはとても有難い。
「あとは、ロザリア嬢だけだな」
「……そうだな」
とんとん拍子で進んでいく中で唯一の不可解要素に、レンの眉間に皺が入る。
正直なところ、ロザリアをしょっぴくのは非常に簡単な話なのだ。特に今は定期視察の期間。国からの使者が監査をしている真っ最中なのだから、なおのこと「容疑」でも調べるのは簡単だ。
しかし、相手はルキアと血の繋がったただ一人の妹。彼女たちの面倒な事情を鑑みても、取調べは話し合いの後にした方が良いだろう。
――ロザリアのためでなく、ルキアのために。
「せめて理由がわかればな」
カイの唇から深い溜め息がこぼれる。
夫妻にもそれとなく確認はしてみたのだが、確かにあの姉妹は「会ったこともない」らしい。正確には「会わせないようにしていた」だが。
そんなロザリアが、ルキアを痛めつけたくなるような理由とは、一体何だろうか。
「……あの女の考えは、俺はわからん」
「いやーオレもわかんないぞ、あの子は。最近は会ってないしな」
応えるように溜め息を返すレンに、カイは肩をすくめる。
この屋敷に着任してすぐの頃はカイに執心していたように見えたが、彼らがルキアの護衛でもあると夫妻に告げて以降、ロザリアはとんと姿を見せなくなってしまった。
時折使用人が彼女の用で動いているので屋敷には居るようだが、はじめの茶会であれほど二人を構ったにも関わらず、不思議なほど会わなくなってしまった。
……避けられているのは確かだが、その理由に賊が関わってくるか否かで騎士たる二人の動きも変わってくるのだ。賊側の証言とあやふやな証拠だけの現在、疑わしくはあるが強行するほどでもない。
「何にしても、まずは詳細が決まり次第、ルキアとの話し合いの件からだな」
「ああ」
頷きあい、同時に視線を向けた扉の向こうでは、今日も視察官と領主の監査が続いている。
ようやく雨の上がった空はよく晴れているが、肌に触れる空気は冷たく、嵐の前のような不穏な静けさが広がっていた。




