第29話 疑問
「レン、本当に大丈夫?」
「……ああ」
宿の人に協力してもらい、お風呂を借りたり部屋を暖めたりてんやわんやと騒ぎつつ。
ようやくレンと落ち着けたのは、再会から一時間以上が経った後だった。
私とカイさんの二人分でもお世話になっていたのに、ここの宿の人にはもう頭が上がらないわ。
私の顔もしっかり見られてしまったことだし、口止め料も兼ねて、後からしっかりお礼をしておかなければならないだろう。
「しかし、まさかオレ達を捜しに来ていたとは……よく見つけられたな」
「いや、遅くなってすまなかった」
「こっちこそ、ありがとな」
そして、レンがあんな姿だったのは、私たちを捜して街じゅうを走り回っていたからだったらしい。
いくら田舎街とはいえ、このメルキュールもそれほど狭くはない。ましてやこんな悪天候。目撃情報も宛てにならない中で、よく辿りつけたものだ。
「なんと言うか、すごいの一言ね、レン」
「……運命、だからな」
「うわあ、さらっとそういうこと言うのな、お前って」
「事実だからな」
驚く私たちに、疲労をにじませつつもレンは誇らしげだ。
確かに、こんな状況では実力以外の力を信じたくもなってしまう。それを運命と呼ぶかどうかはわからないけれど。
「何にせよ、無事でよかった」
注文した紅茶で体を温めながら、互いに無事だったことを喜びあう二人の騎士。私など出会ったばかりだというのに、穏やかなこの空間はとても心地よく感じる。
改めて、生きている幸せを噛み締めていると……ふと、レンが私の顔を見て表情を曇らせた。
「な、なに? 私の顔、何かついてる?」
「いや、あまり暗い話はしたくないが……ルキアに、ひとつ確認したい」
手の中のカップを揺らす仕草は、どことなく不安げだ。
レンの様子を見て、カイさんもゆるめていた表情を引き締める。
「ここに来る前、賊を倒したな? 男を十数人と女を一人」
「……ええ、男たちは私がやったわ。女の方はわからない。多分、私を襲った人だろうし」
「ああ、それなら女の方はオレだな」
「……そう、か」
首肯を返せば、やはり悲しげな表情を浮かべてレンは、そっと瞼を伏せた。
……というか、今さらっとカイさんが新事実を言っていたような気が。
「……カイさん、倒したんですか? あの細身で、いかにも街娘っぽい感じの女の人」
「現行犯見ちゃったからな。ギリギリ間に合わなかったけど、オレすぐ近くにまで来てたんだよ。君を追う方に集中したから、殺してはいないけどな」
「そ、そうだったんですか」
さすが聖騎士、悪人ならば年齢や性別は問わずに仕事をしてくれるらしい。つい先ほど『女たらし』のような単語を聞いた気がしたのだけど、仕事に私情は持ち込まないようだ。
……同性なのに躊躇って、演技を見抜けなかった自分が恥ずかしいわ。
「……それでレン、あの賊がどうかしたの? 何か問題があった?」
気を取り直して聞いてみると、レンはやはり悲しそうに私を見つめている。
「賊自体は問題ない。でも、ルキアには……あまりいい話じゃないと思う」
「そりゃあ、賊が関わっていい話はないだろうけど。貴方がそんなに躊躇うようなことなの?」
「ああ。カイも、聞いて欲しい」
「もちろん聞くぜ。で、あいつらが何したって?」
レンからの「お願い」するような問いに、二人そろって頷いて返す。
また少し躊躇った後、彼は佇まいを直して、真面目な騎士の顔で話し始めた。
「ヤツらは依頼を受けて、ルキアを襲ったそうだ。『殺さない程度に痛めつける』という内容だったと」
「殺さない程度……」
カイさんがいなかったら、私は確実に死んでいたのだけど。あの連中の殺さない程度の基準は、一体どれぐらいなのだろう。まさか、トドメをささなければ『殺していない』なのか?
うすら寒いものを感じつつ、改めて助けてくれたカイさんに頭を下げる。
「あの連中の「加減」なんて、そんなもんだろうよ。それで?」
「依頼人を聞いてきた」
「……!!」
途端に、背中を嫌な汗が伝う。
覚悟はずっとしてきた。でも、「そんな出来すぎた話はない」と疑う自分もいる。……彼らの他に、身に覚えがなくとも。
「大丈夫か?」
「……ええ、大丈夫。教えて」
精一杯の強がりで強く頷けば、レンはますます辛そうに顔を歪ませた。……それが、答えを語っているのかもしれない。
「名乗りはしなかったらしい。だが間抜けなことに、報酬の紙幣を束ねる留め紙に、家紋の箔押しが入っていたそうだ。――リーズリット家の、ものだったと」
「……ッッ!!」
――ああ、やはりか。
そう冷静に判断する脳とは裏腹に、血の気が一気に引いた気がした。
わかっていたはずなのに。それでも、血の繋がった『家族』に命を狙われるのは、予想以上に堪えたらしい。
視界が暗くなって、ふらりと傾いだ体を、騎士二人が支えてくれるのがわかった。
「ルキア、大丈夫か!? ……レン、何かの間違いだろう!? いくら何でも、そんな出来すぎた話があるわけない!」
「俺も信じたくはないが、事実だ」
「……有り得ると思います。予想はしてましたし」
「ルキア!」
そうだ。本来ならば、私は産まれてすぐに間引かれるはずだった命。生かされている今も、暗殺者を差し向けられる覚悟はしていた。
――しかし、理由が依頼内容通りに「痛めつけること」であるなら、賊の方を差し向けたのもわかる。
「私が街を出ることになったから、それを邪魔しようとしたんですね。目の届かない場所へ、行かせないように」
多分、殺すことを躊躇う心はあったのだろう。だが、一族の恥の歴史が外へもれる危険は避けたかった。
ようは“脅し”だ。そう考えれば筋は通る。
「参ったな。私が無傷だとバレたら、また襲われるかもしれない。出発までは、身を隠しておいた方がいいのかな……」
「違うんだルキア! 少なくともあの夫妻は……君の両親は、君のことをちゃんと愛してる!」
「仮にこれが愛だとして。檻に閉じ込めて生かされるような愛なら、そんなものいらないですよ」
今まではそれでも良かった。ヘレナのささやかな優しさに甘えつつ、この狭い世界でこそこそと生きていても、苦しくはなかった。
でも、外の世界へ出られると知ってしまえば、彼らの飼い殺しの愛情はただの足かせだ。
悲痛な声をあげるカイさんは首をふって否定しているが、「ちゃんとした愛」なんて知らない私には、彼の言わんとすることがわからない。
冷えたままの手を伸ばそうとして、しかしその手は先に、レンに掴みとられた。
「――違うんだ、ルキア。依頼人は本当にリーズリット候でも、親族でもない」
「どういうこと?」
大きな手のひらが、暖めるように強く握りしめる。その手は、かすかに震えていた。
「……女だった。容姿は隠していたが――ルキアに、背格好よく似ていたと」
「…………え?」
落ちた言葉に、私とカイさんが目を見開いた。
きっと互いの頭に浮かんだのは同一人物だろう。その特徴に一致する、ただ一人。
「お、おいレン、まさか」
「ああ。賊への依頼者は、ロザリア・リーズリットだ。それも、おそらく単独で動いているだろうと言っていた」
「ロザリアが……私を?」
予想してきたどれとも違う返答に、頭が真っ白になってしまう。
ロザリア・リーズリット。遠目に見てもそっくりだった、私の双子の妹。
「ルキア、妹さんにこんなことをされる心当たりはあるか?」
「あ、ありません! ちゃんと会ったことも、話したこともないんですよ?」
カイさんの戸惑いつつの質問に、強く否定して返す。
彼女について知っていることは、ロザリアという名前と顔がそっくりであることだけなのだ。
乳飲み子の頃に引き離されて以降、私たちは特に厳重に“会わないように”隔離されてきたのだから。
「オレたちと話していた時も、ルキアが話題に出たことはないし。一体どういうことだ?」
「わからない。だが、俺もあの夫妻だとは思わない。それに、賊の言っていたことも理解できた」
……いわく、上等な装いの若い娘が、供の一人もつけていなかった。賊と話している間もしきりに周囲を気にしており、落ち着かない様子だった。
これらは、単独で動いている小物に見られる特徴だそうだ。
「なるほど、言われりゃ確かにその通りだな。しかし、なんで彼女が?」
「……わからない。だから、言うのが怖かった」
「……ロザリア」
突然告げられた新たな事実に、疑問ばかりが増えていく。
――降りしきる雨は、まだ止みそうにない。




