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第27話 目が覚めて2

「……落ち着いたかい?」


「はい。お騒がせしてすみませんでした」


 温かい白湯(さゆ)の入ったカップを受け取り、ようやく私は一息つくことができた。

 ここはメルキュールの街外れにある、宿屋の一室らしい。

 落ち着いた造りの部屋の中には、円卓とベッドが二つずつ備えられている。おそらく二人用の部屋だろう。

 ……何故か今は、片方のベッドは無人なのだけど。


「本当は別々にとろうと思ったんだけど、急に駆け込んだからここしか空いてなかったんだ。ごめんな」


「それは構いませんが、あの、私の服を知りませんか?」


 申し訳なさそうに笑うカイさんをなるべく視界から外しつつ、気を紛らわせるつもりで質問する。

 私が今着ているのは、ワンピース型の簡素な寝間着だ。多分この宿に備え付けのものだろう。カイさんが着ているのも、同じものの男性用と思われる。

 ……上を着ていないので、ちゃんと確認はできないのだけど。


「ああ、アレは雨と泥水でぐちゃぐちゃだったからさ。今宿の人に洗濯をお願いしてるよ」


「そ、そうなんですか。有難う御座います」


「心配しなくても、着替えさせてくれたのはここの女将(おかみ)だ。オレは見てないよ」


 不思議そうにこちらを見つめる彼から、ますます目を逸らしてしまう。

 会話中に目を見ないのは失礼だとわかってはいるものの、あの整った体が視界に入ると冷静ではいられないのだ。


 ほどよく鍛えられ、引き締まった男性の体。衣服がないせいで筋肉のつき具合が以前よりもハッキリと見えてしまって……これを意識するなという方が難しい。


(何より、寝ぼけていたとはいえ、私はここに擦り寄ってしまったなんて……!)


 指に残る温もりを思い出すだけで、心臓が破裂してしまいそうだ。


「ルキア、顔が真っ赤だぞ?」


「放っておいて下さい。多分そのうち、おさまりますから……」


「ふぅん?」


 失礼な態度をとってしまっているにも関わらず、カイさんの口調は楽しそうだ。そういえば、昨日も彼にはからかわれたのだったか。

 これだけきれいな人なら、きっとモテるのだろうし。男性慣れしていない私の反応が、珍しいのかもしれない。


「……さっきのこと、気にしてるのか?」


「気にしないと思いますか?」


「だろうな」


 笑い声を噛み殺しながら、カイさんは顔を近付けてくる。

 ただでさえベッドで隣り合って座っていたのに、思わず息が止まりそうになった。


「……大丈夫。オレは何もしていないよ。ルキアが震えてたから、寒いのかと思ってベッドにお邪魔しただけだ。他には何もしてないから、安心してくれ」


「カイさん……」


 少し筋張った指先が頬をすべり、そのままわしゃわしゃと髪まで撫でてくれる。

 声色は意地悪だったけれど、触れる手つきはとても優しい。


「人間の素肌って、思ったよりも温かかっただろう?」


「それは……はい」


 うっかり擦り寄ってしまうほどには、彼の肌は魅力的だった。

 震えていたなんて、私はそんなに寒かったのだろうか?


(……寒い?)


「それでルキアはどこまで覚えてる?」


「どこまで……?」



 穏やかな視線にうながされて、記憶をたどってみる。


 今日は朝から雨だった。昨日の夜から続く、雨。

 お昼前に、少し足りないものの買い物に出かけて……



「――――――ッッ!!」



 そうだ。そこで、あの赤髑髏(どくろ)に会った。

 忘れていた記憶が急速に思い出される。さら地に呼び出された私といかつい賊の男たち。

 人質にされた女の人がいて、ぶちのめしてから走って逃げて……!


「そうだ、なんで忘れていたのかしら。あの女も賊の仲間で、私は橋から落されて……!」


 ハッと顔を上げれば、カイさんの緑眼と目が合う。

 ここは宿屋で“二人とも”服を着替えている。

 ――――そこまでわかれば、答えは一つだ。


「貴方が……私を助けてくれたんですね」


「まあ、そうなるのかな」


「何を考えているんですか!?」


「……は?」


 気付いた時には、私は叫んで、カイさんの肩を掴んでいた。


「だ、大丈夫なんですか!? どこか怪我(けが)はしていませんか!? 痛い所はないですか!?」


「お、おいルキア?」


 蘇ってくる冷たい記憶。

 息ができないほどの激しさ。水かさの急増したあの濁流は、正しく『水の地獄』だった。

 ――あんなもの、思い出したくもない。


「あんなところへ落ちた私を助けるなんて、何を考えているんですか……死にたいんですか!? 体は痛くありませんか? 骨は?」


「あ、ああ。オレは無事だよ」


「本当に?」


「…………」


 私は真剣に質問しているのに、応えるカイさんは何故か目を点にしている。

 見たところ一通り外傷はなさそうだ。あざや腫れている場所もないので、骨折したりもしていないようだけど。


「どこかでちゃんとお医者さんに看てもらった方がいいですね。私も一応回復魔術は使えますが、専門家ではありませんし」


「…………」


「……カイさん? 聞いてらっしゃいます?」


「――ふっ、あははははははッ!!」


「……へ!?」


 次の瞬間、何故かカイさんは思いっきり笑い出した。


「あ、あの? どうして笑うんですか?」


「くっははッ! これが笑わずにいられるかって! どこまで純粋なんだよ! いいかい? 溺れて死にかけたのは君の方。オレは助けた立場なの。自分の立ち位置わかってるか?」


「――――ッッ!!」



 …………ああ、そうだ。

 今、私がここにこうしていられるのは、カイさんが助けてくれたおかげだ。

 そうでなければ今頃、どこか遠くの岸に流れ着いているか、あるいは川底に沈んでいるかのどちらかだっただろう。


 どちらにしても、生きていたとは思えない。


(なんて失礼なことを聞いてしまったんだ……!)


 熱くなっていた体温が、血の気が引くように冷めていく。


「……そう、ですね。すみません。助けてもらったのは私なのに、何を偉そうなことを……ごめんなさい!」


 ベッドに並んだ状態ではあるが、改めてカイさんに向かって深く頭を下げる。

 今のところ無事のようだけど、もし何かの障害が残るようなことがあれば、それは全て私の責任だ。


 目を閉じ、怒鳴られることも考えて反応を待って――――


「――全く、これだからルキアは放っておけないんだ」


 ……しかし、次の瞬間私を包んだのは、温かくて硬いあの感触だった。


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