表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/48

第26話 目が覚めて

 ――温かい。ふわふわする。


 この気持ちいい感覚を知っている。

 これは、夢から醒める少し前のひととき。

 夢と現実の境界があやふやで、ただ布団の温かさだけが愛おしい時間。


(ああ、駄目だわ。布団から出られない)


 この感覚がたまらないのだ。ふかふかでぬくぬく。気持ちいいなあ。起きたくないなあ。

 もう少しだけ。あと少しだけでいいから、このまま寝かせておいて欲しい。


 ほんの少しだけ手を伸ばして、布団と『外』との隙間を狭める。


(……ん、あれ?)


 引き寄せた布団に擦り寄ると、なんだか思ったよりも温かい。

 それに、布団の割りにはちょっと硬い感じがする。


(間違えて敷き布団をひっぱっちゃったかしら?)


 ……いや、それもなんだか違う。指先に触れるのは、布の感触ではないようだ。

 かといって、ベッドの足のひっぱれるとは思えないし。


(まあ、いっか)


 不思議に思っても、やっぱり気持ちよさの方が強くて、目を開けることができない。

 もうなんでもいいや。このまま、もうちょっとだけ寝て……次に起きたら、調べてみれば……



「……ルキア、さすがにくすぐったい」


 白み始めた意識の中に、誰かの声が響く。

 低すぎず高すぎず、心地よいそれは大人の男の人の囁く声で。耳に響いて優しくしみていく。


「だれかいるの?」


「オレだよ」


 声は頭の上から降ってきた。思ったよりも近いところで囁かれているみたいだ。

 仕方なく布団から少し顔を出すと、ふわりと何かが頬を撫でる。


(……誰かの、手?)


 よく知っているヘレナのやわらかい手とは違う。硬い感じがして、手のひらも大きい。

 指先が髪がすいて、ちょっとくすぐったい。


「目は覚めたかい? 眠り姫様」


 囁く声に吐息が混じる。もしかしてこの人、私を見て笑っているの?


「……まだ眠いわ」


「そうか、これは失礼」


 馬鹿にされているわけではないようだけど、少しだけムッとして、また温かいそこに頭を戻した。

 優しく包み込むような『布団じゃないそれ』は、硬いけれどとても温かい。


(湯たんぽ、じゃないわよね……もっと大きなものだわ)


「……ルキア」


 さっきよりも甘い声が、静かに名前を呼ぶ。

 布団からはみ出た頭を、骨張った指先がゆっくりと往復する。

 ――撫でてくれているのか、気持ちいいなあ。


(この人は誰だろう)


 ついに、睡魔の誘惑に誰かが勝ってしまう。

 重いまぶたを押し上げれば、ゆっくりと視界に色がともっていく。

 予想していたのは白いシーツの海のはずなのに。


「……布団じゃ、ない?」


 視界に入るのは、何故か肌の色だ。それも、もちろん私のものではない。


 よくよく見れば、それが人間の……それも、男性の胸あたりの肌だとわかる。


「ん、起きるのか? おはよう、お姫様」


 その肌の上を滑り落ちていく、薄い青色の長い髪。

 おそるおそる見上げれば、そこにあったのは乙女の夢の光景。


 美術品のように整った顔立ちに、やわらかく浮かぶ微笑み。

 翠玉の瞳には、ただ私の顔だけが映っている。


 ――――それはもう、とんでもなく間抜けな私の顔が。



「えっ……ええええええええ!? カ、カイさん!? なんで私の布団に!?」



 次の瞬間、私の口からありったけの声量で悲鳴が出た。

 慌てて飛び起きれば視界が回転。おしりから太ももにかけて走った鈍痛が、ベッドから転げ落ちたことを教えてくれる。


「お、おいおい大丈夫か!?」


 乙女の絶景は遠い彼方へ。

 私のあまりの慌てぶりに、カイさんの方が驚いて布団から手を差し出してくれる。


(いやちょっと待って!? 何が起きたら私とカイさんが同じベッドで目覚めるような事態になるの!? おしりが痛いし、夢じゃないのよね!?)


 目覚めたての寝ぼけた頭では、状況が全く理解できない。

 とりあえずパッと見たところ、ここは私の部屋ではないようだ。

 目の前には質の良さそうな大きなベッドがある。壁や天井の明かりもお洒落で、やや値のはる宿かどこかだろう。


 そして、そのベッドで半身を起こしてこちらを見ているのが、先日知り合った聖騎士団のカイさんだ。

 ――――何故か、上半身が裸の。


「はっ裸!? えっうそ、なんでどうして服着てないの!?」


「えーと、とりあえず落ち着けルキア、オレが悪かったから。説明するから落ち着いてくれ!」


 混乱する私の肩を、彼の大きな手ががっしりと掴んでくれるが、頭の中はそれどころではない。

 あの温かいものは、布団じゃなかった。ベッドの足でもなかった。


(私が擦り寄っていたのは、カイさんの生肌だわ……!!)


 散々迷惑をかけたのに、ここにきて破廉恥な失敗までやらかすなんて!

 私はどこまで馬鹿なの!? もう本当に、間引かれていた方が良かったんじゃないのか!?


「ルキア、大丈夫か? 聞える? オレがわかるか?」


「ああ……責任とらないと……裸だなんて、そんな……ふ、不束者ですが!!」


「――それは割と歓迎したいところだけど、とりあえずもう一回寝かせておけばいいかなあ……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ