第20話 魔術師の戦い
大橋を渡ってからもしばらく、街外れの道を無言で歩き続け――ようやく到着した場所は、建築途中の開けた場所だった。
土台の骨組みは見えるものの、作業が中断されているのかもしれない。やや荒れた様相だが、広さは十分にあるようだ。
そしてそこには、濡れることもいとわず大柄の男たちが待ち構えていた。
ここまで連れて来た連中とは違い、とげとげしい“いかにも”な装い。日焼けした筋肉質な肌には、あちこちに刺青や古傷が見える。
(一、二……全部で十三人。意外と大所帯だったのね)
予想外の人数に眉をひそめた私に、案内してきた男が覗き込むように近付いてくる。
「お?」
「顔は見せたくないの」
思わず身を逸らせば、男は満足したようにニヤリと笑った。
「ああ、やっぱりお嬢ちゃんだったな。アンタ、ルキアちゃんだろう?」
「ッ!?」
つい反応してしまい、男たちがまた笑みを深めた。こいつら、私の名前を知ってるのか。
「ルキアと言う名前の若い娘。特徴は魔術師らしい服装と『顔を隠していること』だ」
「……へえ」
「おまけに賞金稼ぎまがいのことをしてる。アンタで間違いねえ」
……なるほど、ずいぶん調べられているようだ。
野蛮な見てくれの割りに、下準備をしっかりしているらしい。
「……まあ、間違ってはいないわ。それで? 私に何の用なの?」
「なぁに、ちょっと依頼を受けてね」
「依頼?」
「ある御方からね。アンタをちょっと痛めつけてくれるように頼まれたんだよ」
「…………」
――いかにも賊なこいつらが、“御方”と言ったか?
皮肉も混じってはいるだろうが、そんな呼び方をする相手が、ただの賊の上役とは思えない。
恐らく貴族か、それに準ずる辺り――それなら、私には一方覚えがある。
(リーズリット家の人間なの……?)
まさか暗殺者でなく、賊をよこすとは想定外だ。
しかし、今あの家が動く理由が思いあたらない。神官への勧誘の話が、こんなに早く広まるとは思えないが……
「ま、どっちにしろお嬢ちゃんには用があったんだけどな」
「……は? こっちにはないわよ」
「オイオイ、オレ達のこと忘れちまったのかぁ? つれないねえ」
つれないとか言われても、こんな男たちには全く見覚えがない。
いや、覚えがないというよりは『いかにも賊』なんて相手は“見すぎてしまって見分けが付かない”が正しいのだが。
「悪いけど全く覚えがないわ。貴方たち誰なの?」
「ふむ。これでも思い出さねえか?」
訝しむ私に、男の方も苛立ってきたようだ。
おもむろに袖をたくし上げると、ガチガチの硬そうな二の腕をこちらへ向けてきた。
「……?」
雨に遮られてよく見えないが、何か刺青が彫られているように見える。
(丸くて、赤い色……)
――骨、だろうか。ああ……もしかして、これは。
「赤髑髏……!!」
「おお、正解だ。思い出してくれたかい?」
なんてこと。よりにもよって、これに当たってしまったか。
失敗したばかりなのに、まさかこんなに早く私を特定されるなんて。
油断していた。余裕が、少しずつ焦りに変わってくる。
「この間はずいぶん暴れてくれたな。おかげで仲間が大分減っちまったぜ」
(いや、あいつらを片付けたのはレンなんだけど……追われていたのは私だから同じか)
下卑た笑いの中に、だんだんと殺意の色が見えてくる。
雨音に混じって金属音が聞えるのも、幻聴ではないだろう。
(さて、どうしようかしらね)
幸い、私と奴らの距離はまだ少しある。これなら多少の詠唱は出来るだろう。
頭の中で術式を整え、この状況に有効な手段を組み立てる。
――焦らず正確に。まだ大丈夫だ、こんなところでやられるわけがない。
頭を仕事用に切り替え、前を見据える。
喉まできた呪文を口にしようとして――――その瞬間。
「…………は?」
てっきり私に向けられると思った刃の先が、予想外の方向に行った。
その先にいたのは――見知らぬ女性、だ。
「ちょ、ちょっと……どういうことよ。その人は何なの!?」
「お嬢ちゃんはオレ達が考えるよりも腕が良いみたいなんでね。保険ってやつだよ」
「……ッ! ……ッッ!!」
連れ出されたのは、私より少し年上ぐらいの華奢な女性だった。
街でよく見る装いに、荒事とは無関係そうな筋肉の少ない体つき。
そんな彼女は……腕を後ろで締め上げられ、猿轡をされていた。
「……人質ってわけ? 最低ね」
「おいおい、こっちは悪党だぜ? 最低は褒め言葉だ」
「自分で悪党とか言うんじゃないわよ」
最悪だ。最悪だ最悪だ! 私に殺意が向くのは慣れているけど、よりにもよって一般人を巻き込んでしまうなんて。
今まで他人を巻き込んだことなどなかったのに。あの日のレンといい、ここ数日でどれだけの失態を重ねるつもりだ。
「……んんん!?」
「っ!? やめなさい!!」
締め上げる男が、彼女の細い首筋にナイフを突きつけた。
見開かれた目からこぼれるそれは、雨水だけではないだろう。震える女性の様子を、男たちは嗤いながら眺めている。
「…………頭にきた」
冗談じゃない。怒りで神経回路が一気に開いていく。
これでも一応、殺さないよう生け捕りの手順を考えていたのだ。
けど、女性を泣かせる最低な連中に、手加減なんてしてやるものか。
「ほお、どうするんだ? お嬢ちゃん」
「手加減しないわ」
「おお、それは怖いな! はっはっはっは!!」
おどけるような笑い声が雨空の下に響く。
……私は、何を焦っていたのだろう。
この連中、数にものを言わせているだけじゃないか。“魔術師がどういうものであるか”をまるで理解していない。
ああ、構えて損をしてしまった。
「……一つ、教えてあげるわね」
口をついて出た声は、我ながら低く冷たいと感じる。
こんなに怒っているのはどれだけぶりだろう。カッとなると魔術が暴走しやすいから、仕事中はあまり怒らないようにしていたのに。
「あん? 何だお嬢ちゃん? 妙な真似するんじゃねえぞ?」
こいつら、本当に低脳だ。こんなに時間をくれるなんて……まだわからないのか。
「魔術師を相手にした時、真っ先にすることはたった一つ」
――――――もう、遅い。
「口を塞ぐことよ?」
“溺 れ て し ま え”
言葉の後ろの冷たい呪文は、一瞬で効果を現した。
「なっ何だ!?」
慌てふためく男たちの足元から、水の柱がいくつも上がる。
それは、大柄な彼らの身長をはるかに超えて。生きているかのように、荒々しくうねりをあげる。
「さよなら」
「テメ……ッ!? が、ごぼっっ!?」
逃げる隙も与えず、それはあっと言う間に連中を飲み込んだ。そのまま柱の形で固定化してしまうので、捕らわれたらそれまでだ。
あれは水を使った魔術でも中級の呪文。ほんの数秒もあれば詠唱できるし、難しくもない。
――そして“詠唱”とは、別に大声でする必要はない。小声だろうが囁きだろうが、正しい手順を踏めば魔術は発動するのだ。
私の口を自由にし、かつ時間も与えてくれた時点で、彼らの負けは確定した。
その上、周囲を利用できる雨の日の水魔術は、威力が何倍にもなっている。ただの人間に逃れられる術はないだろう。
「大丈夫!?」
連中が全員捕らわれたことを確認してから、人質の女性の手の縄と猿轡を引き抜く。
彼女は魔術の対象外にしていたので、多少濡れただけで済んだようだ。
「こっちよ、行きましょう!」
そうして、呆然と立ちすくむ彼女の手をとると、私たちは来た道を戻るように走り出した。