第16話 騎士が届けた始まり
「私を迎えに来た……?」
彼らの告げた予想外の言葉に、私はただ目を瞬かせることしかできなかった。
国の直属機関の騎士が、わざわざこんな辺境で小娘一人を捜していた。それだけでも異常なことなのに、『迎えに来た』と言ったのだ。
たとえば極悪な犯罪者とか、超稀少な一族の末裔とか、そんな明らかに特別な存在ならわかる。
しかし、私は一介の魔術師。それほど珍しいものでもないし、王都にならきっと掃いて捨てるほどにいるだろう。
(……そんな私を、どうして?)
どう応えていいものかわからず、再び彼らの動向を窺っていると、レンフェルドさんの方が私へ一歩近付いてきた。差し出された手には、何かの書簡が握られている。
「それは、私にですか?」
「ああ、預かりものだ」
「多分変なものではないよ。うちの神官長からのお手紙だから」
「しっ神官長!?」
訝しむ私に二人から返された名前に、思わず声を上げてしまった。
神官部署といえば、聖騎士団と対になる王国直属機関。魔術師としての最高職だ。
しかも、定期的に入団試験を行うらしい騎士団と違い、神官になる方法は公開されていない。
説はいくつかあるけど、とにかく狭き門だといわれる超選良組織だ。
(そ、そんなすごい部署の人から……)
恐る恐る受け取ったそれは、さらさらとしたかなり上質な紙のようだ。上部には金の箔押しで王家の紋章が描かれており、これが国の正式な書類だと証明している。
その上、触って初めて気付いたけれど、この書簡には魔術がかかっているようだ。恐らく、改ざんなどを禁止する類のもの。私でもなく、また目の前の二人から感じる気配とも違う、別の誰かの魔力が込められている。
……普通の書簡でないことは確実みたいだ。意識せずとも心臓が早鐘を打ってしまう。
「――夢としか思えないのに、夢じゃないのね。はっきり感触があるわ……」
「……多分、悪い話じゃない。選択権はお前にある。読んでくれると、嬉しい」
「うわ、すげえ。レンが普通に喋ってる」
鋭い赤眼が私を気遣うように優しく揺れている。
カイさんが言っていた『話』は、間違いなくこれのことだろう。
「…………で、では、失礼します」
内容が何であれ、受け取ってしまった以上、国の正式書類を無視するわけにもいかない。
何度か深呼吸をしてから、そっと書簡を開く。
「――これは……」
差出人の欄には、丁寧な字で書かれた『神官長』フォルト・アーガイル氏の名前。
橙色の灯りに、次々照らし出される文字の羅列。
その内容は――簡潔に言ってしまえば『王都へ来て、城仕えの神官になりませんか?』という勧誘の手紙だった。
「…………やっぱり夢じゃないんですか、これ」
一通り読み終えて、意識が遠くなるのを感じた。
書簡を覗き見したカイさんが、「ああ、本当にそれだけしか書いてないか」とつまらなそうに呟いている。
辺境の小娘に、国の最高峰の魔術師から、わざわざお誘いが来るなんて。
そんなことが、有り得てしまうなんて。
「……お二人とも、この手紙はどの辺りまで冗談ですか?」
「いや、全部本当だよ。ちゃんと神官長本人の字だしな」
「またまた。もしかして、貴方たちが騎士って言うのも、実は嘘なんじゃないですか? リーズリット家に何か頼まれたのでしょう?」
「……ルキアは、俺たちが信じられないのか?」
冗談めかして尋ねてみれば、途端にレンフェルドさんが悲しそうな顔で俯いてしまう。
だって……こんなことが起きるなんて、思わないじゃないか。
「…………信じたいですよ。でも、あまりにも、夢みたいで」
慌てて誤魔化すも、声が震えてしまう。
気付けば頬を温かいモノが伝い落ちていく。いくつも、いくつも。一度こぼれてしまったら、もう止まらない。
「ルキア? ……泣いているのか?」
二人の心配そうな声が重なって聞こえる。
だって……だって、こんなの。
「………うれしい」
掠れた声は、そのまま嗚咽になってしまった。
そっと伸ばされた大きな手が、頭を優しく撫でてくれる。
その動きが温かくて、またボロボロと涙が落ちた。
(私、は……)
生まれたその日から存在を否定されて、誰にも見つからないように、隠れるようにして生きてきた。
日の下では顔を隠して、夜の街を一人で走りぬけて。それが「当たり前」なんだと、ずっと自分に言い聞かせてきた。
これからも、ずっとそうだと思っていた。
例えこのメルキュールの街を出ても、私は認められず、最期まで日陰で生きていくのだと。
それでも、前向きに生きようと思った。
後悔なんてしないよう、精一杯生きようと思った。
――――そうしなきゃ、悔しかったから。
遠い、遠い夢のような場所で、私を認めてくれる人が居たなんて。
こんな奇跡のようなことが、起こるなんて。
「どうしよう……嬉しいです、私……認めてくれる人が、いたなんて……私、わたし……ッ!!」
「よしよし。嬉しい涙なら、しっかり泣いてくれルキア」
「はい! ありがとう、ございます……!」
会って間もない二人の騎士が、私の頭を撫でてくれる。
あんなに怖かったはずの彼らが、とても温かくて尊い存在に感じる。
閉じこもった小さな世界が、鮮やかに色づいていく気がした。