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第13話 朝市にて2

「……ずいぶん賑わってるな」


 朝食を一緒にと誘うロザリアを(たしな)め、逃げるようにやって来たのはメルキュールの大通り。

 行き交う人々の多さに驚きつつも、ようやく人心地ついたカイは深く息を吐く。


(護衛任務押し付けて来ちまったし、なんかレンにみやげでも買っていくかな)


 辺りを見れば、集まっている人々は皆、手に大きな袋を抱えている。恐らく食材などの安売りがあったのだろう。

 その証拠に、客の大半は中年層の女性たち。台所を預かる奥方と思われる。他には荷物持ちらしき男がちらほら見えるぐらいで、若者はほとんどいない。


 ひとまず大通りから逸れ、小さな広場のベンチに腰かける。

 情報収集をする際、人は多いに越したことはないのだが、これは流石に多過ぎる。

 その上、カイが得意とする若い女性がほとんどいないので、成果も期待できなさそうだ。


「まあ、声をかけていい状況でもなさそうだしな」


 遠くでは店員が元気な声を張り上げており、その度にどたばたと集まる音が続いている。

 どれぐらい(もよお)されるものかは知らないが、少なくとも今ここにいる人々はやる気満々で買い物を楽しんでいるようだ。それを邪魔するような真似は、カイもしたくない。


(この任務についてから、どうにも女運が無いよなあ)


 もしや、あの生真面目な同僚の呪いだろうか。

 ロザリアは付き合うのを遠慮したいご令嬢だったし、あわよくばナンパしようと思っていた街はこの通りだ。

 馬車路で真面目にやってきた分、街についたら息抜きをしようと考えていたカイは、当てが外れてしまったことにまた深く溜め息をこぼす。


「何だかなぁ……ん?」


 落胆する彼の鼻腔に、ふと甘い匂いが漂ってくる。

 顔を上げれば、いくらも離れていない場所で、簡易屋台が店を出している。


「……クレープか?」


 昨日の茶席で散々食べさせられたので、菓子(シュクレ)に興味はないが、軽食(サレ)があるのなら朝食代わりにいいかもしれない。

 興味を持ったカイは腰を上げ、屋台へ近付いて行く。側面には順番待ちの客がすでに何人かついているようだ。


(……おや)


 自分も並ぼうと更に近付いてみたところ、一人の先客に視線が向いた。


 装いから見て、魔術師なのだろう。

 フードがついた紺色の短い外套(マント)。頭が覆われているせいで顔は見えないが、外套の下は同じ色のワンピースを着ているようで、丈も結構短い。

 その丈を見ても年が若いことはわかるが、スカート下から覗く脚は細いながらも健康的で、なかなか魅力的な輪郭だ。


「ほほう」


 それに気付いてしまえば、落胆などどこを吹く風か。

 颯爽と純白の外套を(ひるがえ)すと、カイはひょいと一足飛びで屋台の列へ並んだ。




 魔術師の前には、二人の先客がいる。

 少年と呼ぶには若すぎる子供と、更に幼い女の子の小さな兄妹。

 何故か三人(、、)揃って財布の中身を確認しているようで、思わず笑いが零れてしまった。


「おじちゃん、苺のクレープ二つください!」


 やがて注文をした兄妹は、目の前で焼きあがっていくソレを、眩しそうに見つめている。

 少し待ち、出来上がったそれを嬉しそうに持ち帰る彼らだったが――――


「あうっ!!」


 べしゃりと、鈍い音を立てて妹の方が転んだ。

 慌てて兄が振り返ると、砂にまみれて泣き出しそうな妹と、その目の前で無残に潰れたクレープ。


(これはまた……よくある光景とは言え、なあ)


 お約束といえばお約束なのだが、注意する大人がいなかったことが敗因だったのかもしれない。

 火がついたように泣き出す妹と、どうしていいのかわからず、自分も泣きそうになっている兄。


 財布を調べていた所を見ると、きっと余る程の金額は持っていなかっただろう。

 仕方ない、と動こうとしたカイの前に――先ほどの魔術師の少女が立つ。


「はい」


「……うえ?」


 少女が差し出したのは、出来たてのクレープだ。

 途端に妹は泣き止み、差し出されたソレを無邪気に頬張る。

 その間、少女は妹の手足についた砂を払ってやりながら、兄にも合わせて尋ねた。


「痛い所はない?」


「うん!」


「そっか、良かった。今度は気をつけなきゃ駄目よ?」


 フードから覗いた口元が優しく微笑む。その様子から、カイは目を離せなくなっていた。

 顔自体は見えないにも関わらず、何故か彼女が『本当に嬉しそうに笑っている』のが、わかったからだ。

 他人を助けることに、彼女は迷いが全くなかった。


(……まだいるんだな。こんなまっすぐで純粋な人間)


 いつの間にか、カイの口元にも笑みが浮かんでいた。



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