第12話 朝市にて
「ああ……やってしまった……」
起床してから一時間ほど。
結局悩んでも仕方ないという結論に至った私は、気分転換も兼ねて街の朝市へやって来ていた。
ヘレナに注意された通り、食材は買いすぎなかった。うん、食材は。
「うーん……」
右手には食べ物の詰まった布袋。左手にはちょっと古びた装丁の分厚い本。
これはいわゆる『魔術書』と言うものだ。
「欲しかったんだもの、仕方ないわよね……」
本屋の店主に偶然会ったのは良かった。挨拶や世間話をしたのも問題はない。
……それに乗じて、探している魔術書について相談したのがいけなかった。
(希少価値の高い魔術書は、内容に比例して高価だと知っていたのに!)
まさか肯定されるとは思わなかったのだ。こんな辺境の街の本屋さんに、上級者向けの魔術書が置いてあるなんて思わないじゃないか。
いつもは王都から来る商人に頼まないと手に入らないものなのだし。
結果、私のお財布はすっかり軽くなってしまった。
「もう少し我慢するべきだったかぁ……」
困る程ではないとは言え、決して裕福な生活はしていない。
その上、昨日の仕事を失敗してしまったから、当然余裕などあるはずもなく。
(先の泥棒の報酬、全部使いきっちゃったよ)
つい溜め息がこぼれる。
とりあえず、これからギルドへ行って手頃な仕事でも請けてこよう。この際内容は選り好んでいられない。ペット探しでも大掃除でも、顔さえ見えなければ何でもいいわ。
昨日の今日で『赤髑髏』に追いかけ回されるのも嫌だし。
「……ん?」
そんな悶々としている私の鼻腔へ、ふと、くすぐるように甘い匂いが漂ってくる。
振り返れば、簡易屋台の店を構えるクレープ屋さんの姿が。
「クレープ屋さん!? こんな所で珍しい」
沈んでいた心は途端に復活した。確か、薄く焼いたパンのようなものに色々と包む食べ物だった気がする。
私とてこれでも女子、甘い物は大好きだ。ただ、顔を隠しているせいで、喫茶店など店内で食べるところにはなかなか入れず。持ち帰りの出来る店で、ごくたまに買えるぐらいだ。
意識してしまえば、もう無視するという選択肢は浮かばない。
きゅると軽く鳴く腹が「甘味を入れろ」と訴えかけてくる。
「……安いの一個買うぐらいのお金は、残ってるわよね」
誘惑に負けた私は軽くなった財布を取り出し、なけなしの生活費を数え始めるのだった。