第11話 翌朝の風景-カイ
騎士の朝は早い。
日の出と共に起床し、基礎訓練や日課をこなす清く正しい生活を送らされていたカイにとって、それが出張先でも目覚める時間は変わらないようだった。
(……せっかく良い寝床だってのに、これだもんな)
リーズリット邸で用意された客間は、騎士の彼らの分も上質の家具で整えられていたのだが、体がその誘惑に負けることもなかったようだ。
己の体質に辟易しながら、壁にかけてあった制服へ手を伸ばす。
室内にはベッドが二つ並んでいるが、隣のものに使用者はいない。ちゃんと仕事をしている相方を確認して、カイは欠伸を噛み殺しながら廊下へ出た。
「……? 交替はまだだぞ」
部屋を出ればすぐに、扉の前に立つレンと目が合う。彼が立っているのは、視察官に宛がわれた客間の前だ。
昨夜の賊の件もあり交替で不寝番をしていたのだが、カイがレンと変わってベッドに入ってから、実は一時間も経っていなかった。
「目が覚めちまったから、ちょっと素振りでもしてくるわ。異常はないな?」
「ない」
「ならよし」
軽く挨拶を交わせば、どこか心配そうではあるものの、いつも通りの無表情なレンがカイを見送ってくれる。
見慣れたそれに少しホッとしてから、レンに背を向けて歩き始めた。
(昨夜会った時は何事かと思ったけどな)
ふと思い出されるのは、昨夜街中で合流した時のレンの様子。
賊との戦闘で興奮しているのかと思いきや、そちらは特に気にもしておらず。
代わりに、穏やかな微笑みと共に告げられたのは、予想外の言葉だった。
「まっさかレンに先を越されるとは思わなかったな」
廊下から中庭へ出れば、朝特有の冷えた空気がカイを迎えてくれる。
屋敷の規模と比べてかなり広くとられた庭は、やはり隅々まで整えられた美しい様相だ。
職人の仕事と思しき完璧なものから、小さめの花壇や薔薇垣なども見受けられる。もしかしたら、夫人辺りが世話をしているのかもしれない。
障害物の少ない芝生地に立てば、草の爽やかな匂いが鼻腔をくすぐる。
心地よい風を感じながら、カイは愛剣を引き抜き姿勢を正した。
(……しかし、隠れているって聞いたのに、賊に襲われるなんてどういう状況だ? そりゃ、襲われるような可愛い顔してんのは想像がつくけど、あの辺りに住んでいるのか? それとも……)
とりとめのない考えとは裏腹に、愛剣が空を斬る音は研ぎ澄まされ、庭に響いていく。
(レンが妙にご機嫌だったのも気になるしな。あの場で一体何があったんだ? まさか賊の一員ってことはないだろうし……)
「うーむ……」
上段からの落としだけだった動きは、次第に凪ぎや払いを含めた全身の動きへと変わっていく。朝日が剣とカイの長い髪を照らし、軌跡がきらきらと輝くほどに。
――どれぐらい、そうしていたのだろうか。
ふとカイが振り返ると、屋敷の窓から頬を紅潮させたロザリアが、こちらを伺っていた。
その目は熱っぽく、胸元で手が寝間着を握りしめており、興奮している様を伝えてくる。
(――何はともあれ、オレは今日あのご令嬢をかわすところから始めないとな)
二日続けてあの茶席に付き合わされるのはたまらない。
愛剣を鞘へ戻すと、カイは逃げるようにその場を後にした。