第8話 賊と賞金稼ぎ
「うーん、どうしたものかな……」
家を出てからも屋根伝いに走ること数十分。
現在地は、大通りから少し離れた住宅区――なかでも、お金持ちの邸宅が並ぶ区画の外れだ。
眼下に広がるのは、思わず目を疑いたくなるような光景。ふざけているにしても、あまりにも捻りがない。さすがに呆れてしまったわ。
「予想が当たったのはよかったけれど、さすがにコレはないでしょう……」
目の前にあるのは、一軒のお屋敷。
この辺りだとちょっと小さめなお宅だけど、ここのご主人はドケチで有名だ。
お金持ちなのに浪費を厭い、時には値切りまでしてくるような人で、屋敷には相当な額を貯め込んでいると噂されている。
(別に貯金が趣味ならそれでもいいんだけど)
そのせいで賊に目をつけられるのは問題だろう。
屋敷の周りには、いかつい男たちが全部で六人。手にはそれぞれ物騒なものを持ち、暗闇でもわかるほど「悪役やってます」を主張する、とげとげしい風体だ。
予想通りの襲撃地に、いかにもな姿の賊。思わず『やらせ』ではないかと、周囲を捜してしまった。
ご主人は冗談を好むような人でもなかったはずなので、本当に襲撃されているのだろうけど。
(……おっと、動いたわね)
周囲を調べていた男たちが、玄関に集まってきている。どうやら、正面突破に決定したらしい。
獲物を構えなおすと、皆ぞろぞろと入り口へ向かって行く。
「……なるほど。殺しまがいのこともやってるっていうのは、本当みたいね」
どの男も脅しに行くような様子ではない。多分、邪魔をするような住人は、殺して金品を奪うのだろう。
――しかし、いくらなんでも短絡的すぎやしないだろうか。
この街の公安機関は年中無休だし、私のような者もいる。何より、ここのご主人も無防備だとは限らないのに、堂々と正面突破とは。
「そんなに自信があるってこと? それなら私も仕事を始めましょうか」
どんな理由にしろ、「どう見ても賊です」を放置しておく義理もない。
両足をしっかりと屋根につけて、深く息を吸い込む。
呼吸を整えつつ頭に思い描くのは、予め準備しておいた魔術円陣。
「――――……」
大掛かりな魔術は、こんな時間には使えない。
簡単に発動できて、且つ殺さない程度の威力のもの。
すっと右手を突き出せば、指先に熱が集まってくる。
標的をよく見て、狙って――
≪貫け≫
私の合図と同時に、周囲の空気が圧縮されて駆け抜ける。
『風の矢』と呼ばれるこれは、光ることもないし音も静かな優れもの。
「ぐあッ……!?」
「な、なんだっ!?」
突然の攻撃に、まず二人が倒れる。
慌てる残りの連中にも、順番に、容赦なく撃ち込んでいく。
と言っても、狙っているのは「脚」だけだ。私の目的は殺すことじゃない。
逃げられない程度にこらしめたら、後は公安の役人の仕事だからね。
(重傷は負わせず、逃げられない程度の負傷っと)
様子を伺いながら、慎重に男たちを攻撃していく。
――数十秒待って、風が落ち着く頃には、六人全員が脚を押さえながら地面に転がっていた。
屋根の上からの一方的な攻撃だったとは言え、拍子抜けしてしまうほど手ごたえがない。
「……これで終わり、でいいのかしら?」
マスターお墨付きの危険な仕事だった割には、手口も稚拙で反応も薄かった。
こんなもので大丈夫なのかしら。
「まあ、楽にこしたことはないんだけど。さっさと公安にしょっぴいてもらわないと……」
早くしないと、屋敷の人間たちにも気付かれてしまう。……もう気付いているかもしれないけれど。
呻く彼らを警戒したまま、屋根から下りようとした――――次の瞬間、
「――――ッ!?」
背後から向けられた殺気に、思わず凍りついた。
……冗談じゃない、私は屋根の上に乗っているのよ? 普通の人間が、こんなところに来るわけもない。
それなら、正体はひとつだ。
「驚いたな。最近はこんな若いお嬢さんが賞金稼ぎやってるんだな」
背後から響くのは、予想通りの野太い男の声。
「……こっちも色々とわけ有りでして」
「ほう」
屋根の上なら安全だと、少し慢心していた。
視線だけを背後へ向ければ、私を取り囲むように二、三……全部で五人も男の気配を感じる。
「もしかして、下のアレは囮だったのかしら?」
「ああ、正解だ」
……道理で弱い訳だ。素人じみた動き方もわざとだったのか。
再び屋根の下へ視線を向ければ、仲間と思しき男たちが、倒れた六人を担いでいくところだ。
装いも囮と比べて、一般人に溶け込めるようなごくごく普通の洋服だ。すっかり騙されてしまったわ。
「この街に賞金稼ぎが多いのはもちろん知ってるさ。なんで、まずは掃除してから仕事に入ろうと思ったんだが……ハハッ! まさか、こんなお嬢さんがいるとは思わなかったぜ!」
「それはどうも」
背後の男たちからは、魔力は感じられない。屋根の上にも、多分普通によじ上ってきたのだろう。
……それなら、撒くことはできるかもしれない。
「まあとりあえず、こっち向けやお嬢さん。せっかくだ、顔ぐらいは覚えておいてやる」
下卑な笑いを込めた声があちこちから響く。
……ああもう。せっかく楽にお金を稼げると思ったのに。世の中うまくいかないものね。
「おい、聞えてんだろ? こっちを――」
「それはまた今度ね!」
振り向きざまに呪文を吐き捨て、放つ。
「なっなんだこりゃ――!?」
途端に、辺りは昼間以上の光に包まれる。
ただの目くらましだけど、出力最大の光量だ。夜闇に慣れた目には堪えるだろう。
「くっ眩し……このくそアマッ!!」
白い光の向こうで、男たちの慌てふためく声が聞こえる。
魔術に耐性がないのなら、ちょうどいい。
「……生憎だけど、私まだ死にたくないの」
もう一度強化用魔術を唱え、私は全速力で屋根の上を走り出した。