プロローグ 2話:記憶
2話:記憶
……俺は母親の仕事を手伝う都合から高校へは行っていなかった。とはいえ勉強をしていない訳ではない。寧ろ高校程度の勉強は中学の時点で終了している。
母親は都内の高層ビルに本社を構える社長で、次期社長候補の勉強として、その秘書を俺がしていた。雑用から会議まで普通ならありえない事だがこなしていた。この様に育てられてきたのだから使用がない。
あの日は確か……5日連続で社泊をし、忙しさから食べず、寝ずに会議に来客対応、資料作成を終え久々に終電で家に帰れた。
僕は与えられる小遣い……給料で6畳一間のアパートを借り一人暮らしをしていた。
そんな狭いアパートでの唯一の楽しみは炬燵に入りながらのゲームだった。
炬燵に入りゲームを起動したところまでは覚えているが、その後の記憶は無かった。
「炬燵でゲームを起動した事は覚えているけど、その後の記憶は無いです」
唇に軽く握った人差し指を当てる考える素振りをして女の子が聞いてくる。
「そうですか……もし知りたいようでしたら教えますけど?」
「いや、いいです。死んだならこれでゆっくり休めるので。何で俺はここにいるんです?ここは天国ってやつですか?」
興味本位から聞いてみる。死んだら終わりだと思っていた筈の僕が、こうしてまだ存在している。
「いえ、違います。天国というのは、あなたの様な人の今後を私が判断して送る所のひとつです。」
「では、ここは?」
『んんっ』と軽く咳をして、いい声で女の子は言った。
「ようこそ、女神クレアの領域へ」
そんなキメ顔で言われても僕の答えは「はぁ。どうも、お邪魔してます」だった。
そんな反応に心が折れそうになった自称女神は頑張って言葉を繋ぐ。
「え、えーっとですね。まずは女神をやらせて貰ってますクレアと申します。よろしくお願いいたします」
スーツの内ポケットから名刺ケースを取り出し一枚の名刺を俺に渡してくる。
「頂戴いたします。申し訳ございません。今名刺を切らしておりまして……というよりこの様な格好ですみません」
「い、いえ。渡すのが規則ですので……なんかすみません」
上下スウェットで名刺を渡される機会などこれが最後だろうと思い、貰った名刺を見る。
死後の道先案内コンサルタント
課長:女神クレア
○△○-*#○○-$#**
……課長らしい。部下はどこにも見当たらないけど。
「女神なんて変わった苗字ですね。ハーフですか?」
「えっ? はっ? えーっと、ち、違いますよ! 本当に女神なんです! 信じてください!」
あたふたする女神は考えるたび表情を変えて可愛らしかった。
「信じますよ。こんなに完璧な美人を見たこと無いですし。それよりどうしても気になる事があるのですが」
美人という言葉に顔を赤くする女神はあんまり言われ慣れていないのだろうか?こんなに美人なのに……
「は、はい。何でしょう?」
「この床に散らばった書類を手伝うので片付けませんか?」
女神には予想通り『い、いえ、結構です!』と言われたが書類の内容を確認して分類していく。死後の道先案内というだけあって、書類は孤独死、事故死、自殺と分かれていた。死ぬ人の寿命や直接的な死因など個人情報が書かれているので出来るだけ見ないように分けて女神に渡していく。そんな作業を体感時間で寝ずに三日程やり続け終わった。
「私の仕事なのに手伝って貰ってすみません。おかげで全部終える事ができました。今日は久々に帰れそうです」
女神はどこからかコーヒーを持ってきて渡してくれる。死ぬ前の俺みたいだと思ったが言わないでおく。
「性格上、中途半端が嫌いなので、無事終えられてよかったです。で、俺はこれからどうなるんですか?」
コーヒーを口に含み飲み込んだ女神は悩んでいるようだった。
「そうですね……アキさん。あなたにはふたつの選択肢があります。
①やり残した事が無いのなら天国へ行って何も無い場所で永遠にまったりする。
②やり残したことがあるのなら、記憶は消しますが生まれ変わって新たな人生を歩む事もできますけど、どうでしょう?」
やり残した事ね……
「あっ! 女神様なら俺のゲームってこっちに取り寄せてもらう事できませんか? あれクリアしたらもう未練ないので」
そういえば買ったばかりなのに全然手を付けていなかった新作のRPGを思い出した。
「仕事も手伝って貰いましたし、本当はダメなんですけど……それくらいなら。内緒ですよ?」
女神が言い終えると、俺の足元にはゲーム機が存在した。電源を付けると確かに手付かずの俺のデータだった。