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初恋の君へ

作者: 神無月 鞘

※ この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

かなり思い出が美化されてるなと我ながら思うんだけれど、僕の中では初恋ってすごく自分に影響を与えていたりします。

たぶん思春期の大切な思い出だってのもあるんだろうけれど、いまでもふとした瞬間に振り返って「ふふっ」と笑ってしまうくらいには、忘れられない経験の連続でした。


思い返せば、僕がもの作りに対して興味を覚えたのは初恋の君のおかげだと思うわけで。


というのも、僕の初恋の君はもの書きだったんですよ


細かいことをいうと、実際は好きになったのが先でその一年後くらいに彼女がもの書きを嗜んでいたことを知ったので、もの書きだから好きになったわけではないんだけれども。


それに、もの書きといっても、別に(僕の知る限りでは)出版してるとかそういうことじゃなくて、ノートの端にさらっと一行のらくがきをしたり、気まぐれにノート数ページくらいの短さの物語を綴ったりと、その程度。


まぁ、思春期の過ちって言われても納得しちゃうくらいのものなんだろうけれど、当時の僕からすればそれってとてもすごいことだったんです。


だって自己表現してるんですよ、彼女


感じたことを言葉にする

心に浮かんだ風景を一文に込める

頭の中の物語をノートに綴る


こんなのはやろうと思えば誰にだってできることなんだけど、そりゃあそうなんだろうけれど、それでも思ったことを口にするなんて人間にとってもはや日常じゃあないですか。

だけど、彼女のそれはとても綺麗で、それに少なくとも僕の回りにはそんなことをしてる人はいなかったわけで、だから僕は彼女のそれに胸を打たれたわけで。


いや思春期だよね、しょうがないよね

好きな女の子のすることだから胸打たれたのか、もの書きだから彼女に胸打たれたのか、正直もうあんまり覚えてはいないんだけれど。


選んだ言葉がきれいだったり、登場人物のイメージが澄んでいたり、物語の風景が優しかったり、そういった印象だけは細部が朧気になりつつも、いまでも覚えています。

今にしてみれば特に何でもないことなんだけど、当時の僕にはそれがとてもすごいことに思えたんですよ。


彼女の書く言葉が好きで、もっと読みたいと思って、当然恋してるわけだからもっとそばにいたくて、とりとめのない話をしたくて、それで僕がどうしたかというと、彼女と同じになりました。


「テーマを決めて、短編を交換しよう」


交換日記じゃなくて、交換短編。

今思い返しても誰がなんでそんなこと始めようとしたのか全然わからないし、僕の癖にアグレッシブに冒険したものだなとか思うし、彼女でも親密でもないのに何様なんだとか思うけれど、そうして僕は彼女と同じもの書きになりました。


「流れ星」っていう彼女が決めたテーマで、A4数枚くらいの長さの短編を交換することになって、一生懸命どんなお話にするか考えて、自分と彼女を登場人物にしてみよう、流れ星とか何てロマンチックなんだ! なんて、いっちょまえに舞い上がって、そうして僕は町に隕石が落ちて滅ぶ物語を書きあげました。


たぶん、厨二病にかかっていたんだと思います。当時は中1だったけれど、だってそうでもなきゃどうして流れ星のテーマで隕石降らせようと思い至ったのか、全く理解できないじゃないですか。頭おかしいんじゃないのか、僕。


とにかく、そんなくだらない作品だったけど、僕ははじめて物語を書きあげたんです。

もう10年近く前の話なのに当時のことはほんとによく覚えています。一生懸命考えて書いたこと、自分の渾身の初作品にとても満足したこと、彼女はどんな物語を書くんだろうって胸踊らせたこと、星降る夜ではなく隕石の落ちる町の話をほんとに彼女と交換したこと。

だけどすっかり忘れちゃってることがひとつだけあって、肝心の彼女が書いた物語だけは主人公の性別はおろか言葉の一片たりとも覚えていないんですよね。あんなに楽しみにしていはずなのに。


あのとき彼女は、どんな物語を書いたんだろうな


そんな感じで僕ははじめての作品を作り上げて、はじめての作品を好きな人に一番に読んでもらうっていう最強に幸せな思い出を得て、それからもの書きをやめました。


当たり前のことなんだけれど、頭のなかにははっきりしたイメージがあるのにうまく言葉にできなくて、苦し紛れになんとかひねり出した文章もありきたりでちぐはぐな言葉ばかりで、全然自分の中の風景なんか映していなくて、書けば書くほど頭の中の物語と紙の上の物語は解離してどちらも崩壊していくような錯覚がとても苦痛で……


ありもしない自分の才能のなさに絶望して、素敵な言葉を紡ぐことのできる彼女を改めて尊敬して好きになって、自分もいつかあんな風に書けるようになりたいなと思って、だけど今の自分は単語の掃き溜めみたいな物語しか書けなくて、彼女と自分の差にどうしようもないくらい絶望して、僕はもの書きをやめました。

改めてこうして思い返してみると、たぶんその場の勢いみたいなもので、ただの気まぐれだったんだろうなと思います。

そうして交換短編はたった一度きりの約束で終わりました。


今でもこんなに鮮明に覚えているってのがすごい(気持ち悪い)と思うんだけど、たぶんこれが「ものを書くってすげぇ、彼女のように自分も物語を作ってみたい。作れる人間になりたい」って思った原点のお話です。


僕の初恋は、ものづくりが大好きな今の自分に繋がっていて、たぶん彼女に恋をしていなかったなら、自分は来年就職する予定のクリエイター系企業の内定を承諾しなかったと思います。


結局、小学校5年生の時にはじまって高校2年になるまで続いた僕の初恋は実ることはなかったけれど、間違いなく今の自分を語る上では絶対に欠かせない経験だったと、それだけは断言できます。


ラブレターを送ってお返しの手紙でフラれたこと

それでもやっぱり好きだったこと

彼女が好きな人が僕の友達だと知ったこと

そいつが転校してくるまでは、僕のことが好きだったらしいと知ったこと

生徒会に立候補したそいつの推薦者に僕が選ばれたこと

彼女も生徒会に立候補してて、選挙説明会の日がドンピシャバレンタインで彼女がそいつに手作りチョコを渡してるのを目撃したこと

突然僕の引っ越しが決まり、はからずも同じ中学に通えることになったこと

中学では同じクラスになったこと

前期委員長、後期副委員長になった彼女を追ってクラス議長に立候補し、一年間クラス役員として少しでも長く彼女に関われる時間を勝ち取ったこと

一回限りの交換短編をしたこと

クラス会の買い出しに、二人で手芸店へいったこと

部活の友人から、彼女が好きな人にフラれたらしいという噂を聞いたこと

学芸委員として後輩を集めて放課後勉強会をしたときに、教室に入ってすぐ一番後ろの席に何故か彼女が座ってるのを壇上から見つけたこと

学年が上がるにつれて、もう交流もすっかりなくなって残念に思っていたこと

僕が通っていた塾に彼女も通い始めて、教室に入って姿を見たときに動揺したこと

同じ高校を目指していると知ってちょっと嬉しかったこと

僕は常に安全圏ないにいたけれど、彼女はあまり芳しくないらしいと知ったこと

僕が志望校に合格したこと

彼女が志望校に落ちたこと

ほとんどないに等しかった繋がりが、これで完全に絶たれたんだと悟ったこと

それでもまだまだ引きずってて、しばらくまだ彼女のことが好きだったこと

そうしてようやく吹っ切れて、別の人に恋をしたこと


改めて思い出すと、これなんて小説、って感じの波乱万丈な恋愛をしたものです。

記憶が薄れている関係で多少美化されてはいるけど、全部ほんとのことなんだぜ。


全部全部、大切な思い出です。


……見る人が見たら、個人特定できるんじゃないだろうか、これ。


こんなに詳細に覚えていて、5年近く片想いしてたわけだから、ふとした拍子に「彼女はいまなにしてるんだろうな」って思うことがあるんです。そうです、今です。

ストーカーじゃないですよ、気持ち悪いとは自分でも思うけれど。


彼女は今どうしてるかな、

まだもの書き続けてるのかな、

彼氏とか作っちゃってるんだろうか、

大学には進学したのかな、

将来どんな職に就くんだろうか、

笑って暮らしてるかな、

そうだといいな


もう他人だし、会うこともないだろうから聞くこともないし、気になるってほど気になってる訳じゃないんだけど、もし会えたならひとつだけ、聞きたいことがあります。


確か中学2年の時、全学年行事の芸術鑑賞でたまたま席が隣になったときのこと、回りの人たちと恋バナしてた時にふと君が僕のこと見て言った「あのときのこと覚えてる?」っていう言葉、あれってどういう意味ですか?

そのあとすぐにブザーがなって体育館が暗転したせいで聞き返せなかったけれど、あのあと僕は芸術鑑賞どころじゃなかったんだよ?


そのあと彼女とはほとんど話す機会がなかったし、僕の聞き違いだったら恥ずかしいし、僕の考えてるあの時が検討違いだったらやっぱりはずかしいから、彼女に確認することはついぞできかったけれど。


今でもたまに、僕は彼女を思い出すたびに、あの時の台詞を思い出しています。


当時の僕はどうしようもないくらいに君が好きだったから、忘れてることなんてひとつもなかったはずだよ、君の一言一句が好きだったから、聞き逃すまいとしてたから。


もう彼女は忘れているだろうから、答えを知ることはもうできないだろうけれど。


あぁそうだ、あともうひとつだけ、君に言いたいことがあります。


「交換短編をやりましょう」


あのときはたった一回限りでやめてしまったけれど、もうおしまいなんて約束は、していないじゃあないか。なんて、ちょっとへりくつっぽいかな。


あのときは君がテーマを決めたから、今度は僕がテーマを決めよう。そうだな、それじゃあ、『初恋』なんて、どうだろう。


君に恋して11年、もの書きになって9年、君を吹っ切れて6年、なんだ、意外とそんなものか。

5年も片思いしていた僕だけど、ようやく恋した時間より、その後の時間の方が長くなりました。

僕だっていろいろ成長して、それなりに文章だって書けるようになったんだぜ。


この文章を君に見せて「どうだ、流れ星で町を破壊した僕でも、これだけのものを書けるようになったんだぜ」なんて、ドヤ顔してやるのがちょっと楽しみだったり。


今の君は、いったいどんな物語を書くのかな。

きっと僕の自信満々な鼻っ面をへし折ってしまうような、やっぱり君には叶わないや、って言わされるような、素敵な物語を読ませてくれることを、僕は期待しているよ。


プレッシャーに弱いくせに、クラス委員や生徒会なんかに立候補してしまうような君の性格のことだ、この作品と、これだけのことを言われたら、きっと素晴らしい物語を書き上げてくれることだろう。


ねぇ、初恋の君、もう会うことはないだろうけれど、もし会えたなら話をしよう。

君に言いたいことが、2つだけ……いや、3つだけあるんだ。


え、気になるって? そうだろうとも。

でもね、最後のひとつは、君と会ったときのために取っておくことにするよ。




ねぇ、初恋の君。僕はーー




感想、おまちしております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 僕も小説を書きはじめて、そして、恋をして、文中にある主人公の気持ち、とても共感できました!
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