親子喧嘩開始
「――ね、待ってよ」
その時、こちらの後ろで、声がした。
誰が話しているのかなど、確認するまでもない。
だけど今は黙っていてほしい。この事態は彼女が出てくることは間違いである。目の前人物が求めているものは、少なくとも彼女ではないのだから。
そのとき、足元に何かが見えた。
何かと思って視線を降ろすと、それはヒトだった。
足の動かない何者か。
下半身不随の彼女、オリガ・カナエが自身の腕のみを使って。這って行くところだった。
目的地はこちらではない。彼女が目指すものは、目の前の人物である。
「復元身体さん。私は、あなたにそんなことをしてほしくない」
『きみの意思を聞いたことはないよ。ボクは、ボクの』
「それでも」
そこで、復元身体は硬直する。
そして無言で、彼女に持っている銃口を向けた。
『いい加減退いてくれ。じゃないとボクは、あなたであろうと引き金を引く』
「裏切るつもり?」
『――何を?』
「『彼女』のことを。ノウスイさんのことを。――あなたのことを」
『馬鹿な』
言って、彼は引き金を引いた。
「ひ――」
その行動は分かっている。その射線も。
だから彼女の肉体を銃弾から護るのは容易だった。
こちらの肉体は最大の鎧に守られている。――そう、判断したのだが。
『あ――』
その鎧の内部に正確に衝撃を伝え、あまつさえ、末端を貫通した。
指が落ちる。一秒間に数発を連射するそれは、容易にこちらの指を撃ち抜いた。
なんだ、あれは。
――兵器?
『分からないか?』
振り向いた先に、彼がいる。
『通じない兵器が作られれば、それを突破する兵器が作られるのは当然だ。彼女はそれを目指した。人の生き死になんて考えていない。彼女の頭にあるのは、自身の技術を、その先を超過することだけ。時代は戻った。あなたは、ただ銃口の先にいる得物でしかない』
彼女の方を見る。破片による擦り傷は見受けられるが、それ以外の外傷はない。あの銃弾は受けていないと見える。
「あ――、アマカ」
彼女の声がするが、無視する。そんなものに構っている余裕はない。
失った指は二本。左手の中指と人差し指を根本から損傷。近くに残骸は見られない。
白い鎧から血液が滴り落ちる。外傷は他にもある。数発体に受けた弾丸は、その衝撃で骨折まで達しているかもしれない。
だが、まだ身体機能を失ってはない。
『驚いたよ復元くん。そして御見事。不意を突いたのは良かったね。だができればそれは彼女ではなく、私の頭を撃ち抜くべく立った。例え貫通をしなくても、その銃弾の威力なら容易に頭蓋骨は粉砕できたはずだ』
地面の銃創を見る。
『銃弾の大きさは、まあ野球ボールくらいだろう。その大きさのものを高速で撃ち出すとなれば、相当な衝撃があるはずだ。ただの銃器では撃ち出せない。だから人的鎧に頼った。でも』
そのレベルものを、容易に扱えるはずがない。
『衝撃が大きすぎるんで、あんまり長い連射はできないようだね。人的鎧でも一秒ほどが限度だろう。それ以上が射線外に銃口が向く。それに弾の大きさも規格外だ。持ち歩ける予備弾数は、精々で二十というところかな。今ので七発は使ってしまった。まだまだ、携帯化には難儀している代物だね』
こちらが見抜けたのはそんなところ。
あれは、そこまで容易には扱えないもの。あくまで敵対するものは私か、最終的にハリヤマ辺りになることを想定して持って来たものなのだろう。
といっても、窮地には違いない。
指二本を失い、その適切な処置を行えず、最悪の場合出血で死亡することも視野に入れなくては。
この分では左手は使えない。人的鎧の加速も、満足には行えないだろう。
『anti armor bullet。熱を吸収し、かつ形の変形をし難い金属を用いた銃弾だよ。高速回転する熱を纏った銃弾との衝突によって、人的鎧にさえ衝撃を与える。原理は原始的だが、安定した兵器だ。まぐれじゃなく、あなたの頭部を撃ち抜ける』
その銃弾を撃ち出す銃身そのものが構造的に化け物だと言わざるを得ないが。
『さて、どうする? お父さん』
『無論、対抗させてもらう』
言うまでもない。後ろの彼女に危害を加えずに、彼を排斥する。
つまり、それは――。
「お――」
彼女の腕を掴む。負傷した片手は使えないため、当然右手でのことだ。
そのまま、彼女を彼の後ろに放り投げた。
復元身体の背後。私という殲滅対象がいる限り、彼が唯一攻撃に指定できない場所は、彼自身の背後でしかない。
彼女自身が満足な着地を行えないことは分かっている。――なので。
『Starry sky backfire field Ⅲ、Ⅳ』
一瞬で決着をつけることにした。
彼に向かって加速する。その超加速は肉体的な負荷を押しのけ、自身の機能を越えて加速する。
行動は単純。
ただその初速を以て意識の速度を超過する。
あの中に入っているのは脆い体躯をもった女性でしかない。例え人的鎧に身を包んでいたとしても、その衝撃を受け流せないほどの衝撃を与える。
引き金を引く時間も与えない。
数mの距離であれば、認識した時にはすでに決着している。
武器は拳。
こちらの損傷のない指を握り、その頭部を撃ち抜く!
右手に衝撃が走る。しかし相手を確認する暇はない。
こちらの肉体はまだ加速のただ中にいる。加速の際に生じた衝撃で、空中にある自身の体のコントロールが上手く働かない。
それでも地面に足を付かなくてはならない。
両の足を地面に密着させる。
加速によるベクトルで自身の体が地面に引き摺られる。
「――づっ」
足の関節部に限界が来る。どれだけ堅牢な鎧に身を包まれていようと、こちらからの運動から生じたものは殺せない。それでも。何とか体制を立て直し、上に視界を向ける。
そこに、人間大の何かを認識した。
「よっ――と」
それを受け止める。身体は止まっていない。始めの加速の時の推進力が働いている。
腕に受け止めたものを抱えつつ、自身の体を停止する。言うほど簡単ではない。人間の肉体はそういった運動のためには作られてはいないのだ。
自身から足の裏を地面に押し付ける方法はない。重力による摩擦によって速度を負落とそうとしているにすぎないのだ。それは、自身の体重を足に、全身のバランスを崩さないように乗せるということでしかない。
こちらの人的鎧をまとった肉体と、彼女の体重を合わせれば、大方百五十㎏というところだろう。それだけの重量を以てしても、こちらの速度が完全に落ちるまでにはそれなりの時間を要した。
ようやく呈した時、腕の中の彼女は、こちらを見ていた。
「――おまえ」
『文句は後で訊く。それより――』
目の前の人物に目を向ける。
その人物は、まったくの無傷の状態でそこに立っていた。
人的鎧そのものへの損傷は見られない。殴った時に感じた手ごたえに見合うだけの損傷は、彼の外見からは発見できない。
ただ、以前との相違が一つ。
彼は、あの脅威であるマシンガンを持っていなかった。巨大な銃身、野球ボール大の巨大な銃弾を撃ち出すその凶器を紛失している。
彼の足元にはその残骸とも思わしきガラクタの山と、銃弾と思われる銀色の尖った弾がみえる。彼の手にはその代わりとなる、あの熱刀が握られていた。
それだけで、十分理解できる。
『なるほど、咄嗟の判断で武器を盾にしたわけだ』
彼女を降ろして、復元身体に口を開く。彼は、それについては何も返答をしなかった。
『そしてもう一つの武装でありるその熱刀を抜いた。きみの武装はそれで最後――ということかな?』
『――少し違うな』
彼は、もう一方の腕を腰に回す。そこにぶら下げられているものを掴み取ると、その切っ先をこちらに向ける。
『二刀だよ』




