復元身体 2
世界が憎くなった。
動機はくだらない。しかしそんなことはどうでもいい。
父の作った世界に身を置くなどふざけている。
こんな場所にいるのは狂っている。
この世界に身を置くことを許容することは、すなわち自身の生まれを否定することに等しい。自分は最初から誰に対しても要らない存在として生まれて来たのだと。何もできないからこそ、このような場所に留まっているのだと。自身にはそれが分相応だと。生まれてすぐに決定されているかのような感覚に陥った。
冗談じゃない。
復元身体は個人だ。怒りもすれば憎みもする。そういった存在として作り出しておきながら、その作成者と周囲は、自身を物として扱うのか。
最初から要らなかったのだと、そんな理由だけで。
――世界を壊してやろうと思った。
あの男が作った世界を、自分で破壊してやろうと思った。
それが、ただの父親の当てつけに過ぎないことは分かっている。そしてすでに奴は死んでいる。その行動が意味のないことだということは分かっている。
それでもしなければならなかった。
そうでもしなければ、生きている意味がない。自身が死ぬまでに、等しく与えられた時間というフィールドの中で何をするのか。復元身体の記憶の中にあるヒコボシはそう問うている。
崩壊だ。
おまえの作ったものを、尊いと思ったものを、求めたものを、すべて壊してやる。
造ったものを顧みず、その理由すら無視して、自身のことしか考えなかった男に、エゴのみの復讐をしてやる。
そのために、彼は統括者の一人と手を組んだ。
言うまでもなく、モモタビ・マイリである。
彼と出会ったのは電子媒体に侵入した際に、彼と対面したからだった。
モモタビ・マイリは自身と同じような存在だった。ただ、キカクの統括者としてその方針を見失わず、時間に支配されずにその役職に就ける者、として作成されたものだと。
モモタビ・マイリと復元身体は、まったく同じ存在であったことになる。
すでに電子機器を転々とし、更にはブレイン・マシン・インターフェースを利用し脳波を観測するのではなく、個人の脳に電子から直接コピーした自己を植え付けることによって、彼はついに三次元への介入を果たした。
破壊のために。
この世界という、人間の群の崩壊のために。
キカク地域を標的に置いたのは、まずその第一歩のつもりだった。
なにせ、あの男は日本人だった。ならば自身の祖国をまず始めの標的にし、そこから世界に発展していくという行動原理は理解できなくもない。
ヤツの場合、その攻撃の方法が光の速度で世界中に到達する類のものだったというだけだ。
キカク地域は、いわばあの男によって作られた街と言っても過言ではないのだ。
「ねえ復元くん。きみの目的を叶える為に。協力をお願いしたいんだけど」
統括者であるモモタビ・マイリとの計画で、とある講演会にてオリガ・カナエという統括者を殺害することを提案された。
彼女は統括者としては最年少であり、キカク地域の市民にとってはもっとも指示を得ている統括者であるからであるらしい。キカクという地域を崩壊させるには、そういった結びつきはなくさなければならない。
また、オリガ・カナエが死亡したとすればそこから足が付くと考えた彼は、すでに手を打っていた。オリガ・カナエのクローンを造っていたのである。彼女を復元が殺害し、彼女の死を隠蔽して、彼女と全く同じ貌の人物をそこに置くことでモモタビはキカク地域全域を支配するつもりであったらしい。
当然、そんなことにも興味はなかった。
彼女の側近に自分が入り込むことで、彼女の意表を突く、というのだ。
別にそんなことはどうでもよかった。キカク地域の誰が死のうが、復元身体にはどうでもいいことだったからだ。
人間の死に対して、感情は動かない。
それはおそらく、自身で手を下しても、同じことだろう。
だから、その提案を受け入れた。モモタビ・マイリはその返答に、かなり喜んでくれた。
復元が人間の中に入ることを憶えてからは、彼と話すのは電子のなかではなく、三次元のことになっていた。
目の前にいる綺麗な人形。それがモモタビ・マイリだった。その容姿が、意図的に人間を蠱惑するものだということは、人間ではない復元にも理解できる。それを知っていても、彼の容姿は尚美しかった。
まるで、自身もその蠱惑に敗北したかのように。
しかし古来から、美しいものは人を惑わすと決まっている。
それは、美意識を乱す者すべてに。
復元身体自身、現状が、ただ利用されていることは分かっていた。
恐らく、モモタビ・マイリは騒動を起こした後、復元身体のみにその問題を押し付けるつもりだろう。そして自身は統括者という立場から、キカク全域の支配 権を手に入れる。大雑把に見た時、それがモモタビの目的ではないだろうか。
そんなことはかんがえなくても理解できる。問題なのは、モモタビはそれを分かっていて従わざるを得ない空気感のようなものがあるということだ。目の前にいるものが、美し過ぎてその目的を疑えなくするまでに神々しい。そう、意識的に感じてしまった時には、すでに受注に入っている。アレは、そういった目的で作られた存在なのだろう。
「ありがとう。復元身体。きみは、ぼくの一番の友人だ」
馬鹿にもほどがある。そんな言葉に価値はない。
復元身体が求めたものは他者ではない。存在理由でもない。
だからそんな発言に対して行えることなどたかが知れていた。忠実に、なにも考えずに言われたことをやるだけの存在。
自身もまた、モモタビという存在の傀儡の一つにすぎない。
別にそれでもよかった。モモタビが愛おしかったからではない。自身の存在理由、なんてふざけたものを考えずによかったからだ。
何もしないよりは、何かをしていたほうがいい。
目に見える世界の破壊は、そこからスタートした。
手始めに統括者の一人、オリガ・カナエという少女を殺害する。
行動に本腰を入れるのはその少し後だ。まずは初動。現在のキカクの体制を変える、と銘打っている彼女を殺害することで、逆に市民にキカクの体制を疑わせる。
そう、何も間違ってはいない、はずだ。
復元身体が乗り移ったのは。彼女の補佐を担当している一人の女性だった。
服の下に忍ばせられる程度の、小さな、しかし殺傷力をもった刃物を持ち、会場の金属探知をハックして、定位置についた。
念のため、その時には複数の媒体に復元身体を忍ばせていたが、そのすべてに、実行を行う復元身体の五感情報を電波に変換して伝えるシステムを作成した。実行犯である女性の肉体にを持った復元身体は、おそらく生存できない。だから、その情報を他の復元身体に残す必要があったのだ。言うまでもなく、他の復元身体にその経験を教えるために。
彼女の背後。彼女は自身の一番近くにいる。この距離であればSPも自身の蛮行を止められない。服の下に防刃の装備か何かをしているかもしれない、という疑問はない。彼女は、そういった装備をしていないことは確認済みだった。同じ女性、という点では、乗り移った人物の選択に間違いはなかったことになる。
だから殺害は簡単だった。
ここまでくれば誰にでもできる仕事だ。
ただ、自身の衣服の下から取り出した刃物を、彼女の背の中心に振り下ろすだけ。
振り返ったところを、腹にもう一突き。これで生命活動は停止する。
感情はない。
何も感じない。
刃物を抜いた時に噴出する血液にはなにもない。
少女の顔がこちらを向く。
自身が信頼していた人物から刃物を突き出された格好は、文字通りの『裏切り』だろう。
裏切られた人間の言うことにも、その表情にも興味はない。だから、復元身体は次のことを考えていた。
モモタビとの計画を。
その未来を。
自身の中に、異常なまでの怒りと、その実何も感じていないかのような、その空白を。
「ごめんね」
――最初、どこから発された声なのか認識できなかった。
当然、そんな声は聞いたことがない。会ったことすらなかったからだ。
声を、発していたのは、目の前にいる、腹部から血液を流し続けている、少女だった。
「辛かったよね。寂しかったよね。コピーだからって、思ったでしょ」
懐疑。
この人間はいったい誰だ。これがオリガ・カナエなのだろうか。
他者の為にといった、馬鹿みたいな理想論を提唱し続けた少女なのか。
時間が停止する。
周りの喧騒すら遠のいて行く。
白い空白のなかで、目の前にいる血だらけの子供の声だけが、自身に響いた。
「誰かの代わりだって、思ったでしょ。本物じゃないから、いらないんだって、思ったでしょ」
視界が歪む。背景が漂白される。自身と、眼前の異形のみの世界になる。
発言は理解できない。思想は理解できない。その口から出る言葉は、何を根拠に言っている?
いや、根拠などない。その発言は、何かの思想によって吐かれた言葉ではない。
思惟のない言葉を、復元身体は初めて聞いた気がした。
「人の存在価値、なんて、不明よ」
「決められないからこそ、価値がある」
「あなたは、自身の価値を早期に、決定してしまうことはない」
「だってそうでしょう? 私たちは、無限の成長を期待されて、生まれて来たんだから」
なんだ、それは。
寝ぼけた、それでいてふざけた発言だ。この女は、まさか自身の本質に惑わされて、死の直前にまで他者を諭そうというのか。
馬鹿らしい。
そんな偽善が他者に通じるものか。もはや、それは呪いといってもいい。
「そんなものは、復元身体自身が、人間であったらのハナシだろう?」
見破ったかのように、彼女は笑う。
「人間でなくても。あなたには、理解者が必要だわ」
「誰のためでもない。あなたにとっての誰かが」
「まずそれは、私じゃ、駄目かしら?」
言って、彼女は死んだ。




