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チャイルズ・ワールド  作者: サイタマメーカ
――――報告なし
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ヒコボシの告白

「だが失敗した。私の思考パターンを植え付けたCPUは私ではなかった。まったく別の思考を持ってしまうことが分かったんだ。まあ、当然だろう。その人物は電子の存在だ。電子空間に自己を形成するパーツは無限に落ちている。成長し、変革するプログラム。それは、当初の目的であった私の意思から離れてしまうとは必然だった。電子の存在を作ったはいいが、その取扱いに困ってしまった。なにせ、放っておけばひとりでに勝手に増え続けるんだ。そんな危険物を野放しにはしておけない」


 だから凍結させた。

 その存在を。


「電子に閉じ込めたんだ。せっかく作ったものを、簡単に廃棄してしまうのは気が引けたからね。まあ、お金もかかっていたし、その理由もあったのかもしれないが」


 目の前にいる、ノウスイに指を向ける。


「それがきみだ、復元身体。きみは、もともと私の目的を成すための一つとして作られた」

「馬鹿馬鹿しい」

「その通り。これは至極馬鹿馬鹿しい話だ。凍結させたはずのきみがなぜが復活し、そして、時間を越えた私が、どういうわけか以前使えないと切り捨てたものの前にいる。しかし、言っておこう」


 ノウスイ・ソウフの肉体を借りて口を動かしている復元身体に、手を差し伸べる。


「初めまして坊や。私がきみの父親だ」


 その手を、約一秒間睨んだ後、彼は手を振り払った。


「きみだってコピーだ。父親面をされたくない」

「コピー。まあそうだね。しかし、私は完全な複製体だぞ?」

「それ以前の問題として、ボクは自分の父親のことが嫌いなんだ」

「そうか、それは、残念だな」


 これだけの性能があれば、また『使える』と思ったのだが。


「しかし、復元身体。きみは既にほとんどの手を失った。残されたものは、そうやって人間の中に入り込んだものだけだ。他にどれだけの人間の中に入ったのかは分からないが、既にきみは、以前のように増えられない存在になった。他者の中で、他者の殻を借りなければならない。もう対抗策は残っていないだろう?」

「…………」


 復元は沈黙する。

 それが何を意味するのか、私には分からないが。


「私が数十年前の事件を起こした理由は、自己を容認してくれる世界を作りたかったからだ」

「容認?」オリガ・カナエが言う。「それって、何を?」

「自己の歪みを。私はね、生まれてこのかた、他者というものを容認できないんだよ」


 生前のヒコボシは、先天的な異常者だった。


 誰もが手軽に持ち得たものを、彼は初めから所持していなかったのだ。


 欠落していたものは、他者と自己を取り持つための、受動機能。


 他者への不足。つまりそれは、誰かを理解することも、愛することも、憎むこともできなかったということ。


 ヒコボシという男が、現状を打破する為に必要だったものは、世界の変革だった。


「人間と人間の繋がりが希薄であるのなら、私の歪みも消える。それには周囲を変えなければならない。想像のできないような、広い周囲をだ。そこで、国一つを巻き込むほどの巨大な事件を起こし、普遍性すら崩壊するほどの極限状態に追いやれば、現在を殺せるかと思った」


 自身の歪みを正すために、人類全体に歪んでもらうことにした。


 結局は、歪んだ自己が苦しみを訴える一番の理由は、他者との相対的な比較に他ならない。誰も自身のそばにいなければ、初めからそのような苦しみは抱くことはないだろう。


「細かく、精密な計算をしていたわけではないが、私は自身を受け入れてくれる世界を、異常者による世界を作ろうと考えた。それが、キカク地域だ。誰かと誰かの関係を切断し、誰かを顧みることなく成立する世界。それが、私の理想郷だった」


 誰とも相対化することのない世界。

 誰とも関わることのない世界。

 それこそが、ヒコボシというたった一人の異常者が求めたものだった。


「でもまあ、それも違うと気が付いたのは、晩年になってからだった。私は自己の変革を目指さなかった。他者の変革を目指すのは、非効率なことだと、ようやくそこで思い至った」


 だから、自身が変わることにした。


「そのためのコピーだ。私の作った世界の中で、私が存命することが重要だと、そういう結論に至った。結果的に、もう一つの肉体に自己の記憶と性質をすべて受け継がせることで、自身の変化を試みた。人間の能力が最も伸びるのは十代の前半だ。だから私は十歳の男児の脳に自身の情報を乗せることで、変化を希望した」


 自身の変化。それは、等しく自身の脳の変質化ということに他ならない。何十年にも渡って構築した自己というものを変える方法は、それしかない。


 だからヒコボシは、自身とまったく同一の自己を持つ一人の男児に期待したのだ。その幼い肉体を持つ自己が、どのような変質を果たすのか。


「私はそれを知りたかった。で、現在五年、その成長を待っているのだがね。どうにも、上手くはいかない。何せ、まったく別の人間の脳に自身を入れたのだ。知能指数も八十%は下がっている。この体で行えることと言えば、それは現在の社会に適応して生きていくことだけだった。どうにも退屈な面は否めないが、これはこれで満足しているよ」


 それが、ヒコボシという男。

 その、余生とでも言うべき私だ。


「あなたは、自身がやったことを分かってないのか」


 ノウスイ・ソウフの顔をした復元身体は、敵愾心を持った眼を向ける。


「最悪の細菌事件なんてものを起こして、ボクという存在を生んで、現在の体制を作って。世界全体の変革に、どれだけの人間の苦痛が伴ったかも無視して。あなたが向いているのはいつも自分のことだ。他の人なんてどうでもいい。そんな人間が、何を」

「その通りだ。そして私はそんなことを論じるつもりはない。初めから他者を理解できないと言っただろう。そんな人間がどうして他者を思いやれるのかな。それに、それはきみが言えたことではないはずだ。義を持ち出すには、きみは犠牲を出し過ぎた」


 すでに数十名の人命を奪っている彼に、私を非難することはできない。

 そんなことは、彼が一番よく分かっているのだろうが。


「きみの行動は、初めは私への当てつけだった。自分をこんな形で作った人間が作った世界を壊すことが、私の息子であるきみの行動原理だったわけだ。でも、途中からそれが変わったね。それならさっさと大量殺人でも実行でもすればよかったんだ。モモタビ・マイリと手を組む必要さえ、もしかしたらなかったかもしれない。それに、きみは自身で行動しているにしては、まるで誰かに束縛されているような行動のしかただ。そして、あの発言」


 電車の真上で聞いた。ある男による発言。


「聞かせてくれよ復元身体くん。きみはどうして、今回のことを起こそうなんて思ったんだ?」


「あなたに言うつもりはない。――でも」


 彼女は、私の後ろ――オリガ・カナエに目を向ける。


「オリガ・カナエさん。あなたには、話しておく。自称父親は盗み聞きということなら許そう」


 そうして、語り出す。

 復元身体の、その記憶。

 親としては、これは子供の昔語り、という形式になるのだろうか。


 まあ、私が親などというものの条件を、満たしていればの話だが。


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