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チャイルズ・ワールド  作者: サイタマメーカ
――――報告なし
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彼の行為

 再度、その場の空気が硬直する。


 そうして、通話機の向こうの人物は小さく笑う。


『キシ、シシシシシシシシシ。それはいい。なるほどね。電車の一件から、彼女が本物ではないかという疑心もある。確かに、やりようによっては、彼女が再び統括者に返り咲くことも可能だろうね』


「ま、他人任せなあたり馬鹿としか言いようがありませんが」


 横にいる彼女、オリガ・カナエはそれには大した反応を見せなかった。

 それは、一種の自身によるものか。それとも、最初からそうするつもりだったのか。


「彼女も乗り気みたいだ。どうかな? 御膳はある程度立っていると思うんだが」


『……それで、きみの要求は?』


 かかった。


 まあ、話しを訊くまでに行う過程が長すぎた気もするが。


「スラムへの進行の永久停止。俺からの要求はそんなところかな」


 まあ、実質俺の要求なんて言うのは、そんなものしかないのだが。


 その時、横にいた彼女が俺の肩を叩く。


「ん? どしたノ?」


 彼女は、ただ黙って俺の瞳を凝視している。


 まあ、いいから貸せ、というニュアンスだけは分かった。


 オリガ・カナエにその黒いトランシーバを渡すと、彼女はあくまで平静を保ったまま口を開く。


「モモタビ・マイリさん」

『さんはいらないよ。オリガ・カナエ。言いたいことがあるなら遠慮せずにいいなさい』

「私は、あなたに言うことは何もありません。恨みも、何もありませんから」

『ああそう。で?』

「でも、あなたが作った『彼女』に対しては、言うことがあります」

『ふーん』

「彼女の墓前を、作ってもらえますか?」


 その発言の後、彼は数秒間の沈黙を作った後に、嘲笑の度合いが強い笑いを漏らした。


『キシシ。いやつまらない。オリガ・カナエ、きみは死者というものを考えたことはないのかな? 死者なんてものは、個人の中にしか存在しない。墓を建てたい、なんて言うのは、その個人を自身の記憶に留めておくための付箋のようなものなんだよ。欺瞞だねオリガ。きみは、自身で犠牲にした変わり身のことを、自身の無力さを隠すために使うつもりかい?』


 その発言は、単純に彼女を責める為に使われたものだ。彼としても、そんなものは遊びにすぎない。そんなことは、恐らく彼女も分かっている。


「それでも。彼女の存在は、私とあなたしか知らないんですから。私は、『彼女』に救われた。その結果を変えられたか、なんてことは分かりません。でも、忘れたくない。『彼女』は、私なんかの娘に生まれて、嬉しかったと言ってくれた。そんな『彼女』を、消費するだけなんて、嫌だ」


『ふーん。ただのクローンが、そんなことを言ったのか。実に使えない』


 そこだけは、ほとんど本音のようだった。


 まあ、そうだろう。自分の思い通りになる人形を作ったはずが、自身を裏切った結果を招いたのだから。彼の思惑としては、オリガ・カナエのクローンは失敗だったことになる。


『あと、オリガ。きみのそれは、脅迫というよりはお願いだ。そんなもの、きみが統括者になれば容易だろうに』


「あなたが作らなければ意味がないんです。あなたは、仮にもあの子の父親なんだから」


『押し付けるなよ傀儡。まあいいよ、それは守ろう。きみ達の要求には、できる限りのことはしよう。まあそれは、今の状況が打開できればの話だが』


 今の状況。復元身体という人物によるキカクの攻撃。

 それが解決されなければ到底不可能だと、彼は言う。


「ああ、安心していいよ。それはもう決着がつく」

『――へえ』


 こちらの声を聞き取れたのか、モモタビ・マイリは笑う。


『きみに、無限増殖を繰り返す復元身体を打倒する方法があるのかな? フタリ』

「まーね。今に見ていてくれるといい。きみの思惑は破らせてもらう」


 コンピューターに、アタッシュケースの中に入れていた〝それ〟をインストールする。媒体が数十年ほど昔のものだが、この施設にはそれを読み取る機械も設置されていた。


「コンピューターに流れたものが一生涯消えないなんて言うのは昔の話だ。いや、数十年前の話かな。あとモモタビ・マイリ、友人として忠告しておくけど、今電子の中に入らない方がいい。いくらきみでも、下手をすれば死ぬことになる」


『へえ。楽しい冗談だよ。でもきみにしては、あんまり面白くはない冗談だ』

「冗談ではないよ。モモタビ」


 口調を変える。それは、忠告故の発言だ。


「これは最後の忠告だ。これから約数時間の間、電子の中には入るな。そして、きみの入れ物がもし通信が可能なものなら、すぐに通信ができない入れ物に乗り替えろ。愉快な友人を失

いたくはないからね。(わたくし)の言えることはそれだけだ」

『…………』


 その発言を受けて、彼はほとんど初めて気まずい沈黙を生んだ。


「ま、入らないのなら安全だ。そのまま、善良な統括者として、自身の城に閉じこもっているといい。それなら、あれはきみに介入できない」

『フタリ、もしかしてきみは』


 そのまま、通話を切った


 その先の問答は、大して重要なことでもない。


「――よかったのかよ?」


 こちらの顔を覗き込んで、彼女が言う。


「何が?」

「まだ、言うことがあったんじゃねえのか。忠告にしては、薄情だな」

「きみが言うにはおかしな発言だね。そして忠告は二回に渡って行った。やりすぎなくらいだよ。これ以上、彼に対して俺が言うことはない」


 コンピューターの操作を終了する。目の前の巨大なモニターには、ただエンターを押すのみになった画面が表示されている。


「なあ、一応訊くけど、それを押したらどうなるんだ?」

「押してみてのお楽しみ、かな。口で言うと、どんなに端折っても二時間はかかるから、今はやめておく」

「でも、必要だから作ったんだろ?」

「そうだね。その通りだ」


 言って、それを押す。


「で、何のスイッチなんだよ」

「自分の子供を、すべて殺す装置だよ」


 言って、俺は彼女に笑いかけた。


「病原菌の発生装置、と言ってもいい。いいかいおねーさん。電子の中では、現実で起こりえないような最悪が、結構簡単に出現するものなんだよ」


 彼女は、そこでようやく、事態が呑み込めたようだ。


「それって――」


「さて、おねーさん。外に出よう。ダムの上。その屋上の部分に」


 彼女の言葉を無視して、俺はそう述べた。




 何かを隠すように。何かを彼女から遠ざけるように。


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