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チャイルズ・ワールド  作者: サイタマメーカ
技術廃棄街への制圧を一時中止、監視に努める 行方不明者二名
9/110

お客様との会話

「あ、おはようさんデス」


 例の人物が眼を開けたので挨拶をする。彼女は一つのベッドの上にいながら、その眼球だけを動かし、俺の部屋の天井を見つめていた。


 そうして数秒。はっとしたように彼女は上半身を起こそうとする。


 しかしそれは敵わず、酷い激痛を伴った表情をした後に、ゆっくりと枕に頭を預けた。


「動くと痛いワヨ」


 言って、俺は挽いた豆をドリップに入れ、そこに熱湯を注ぐ。

 その人物はこちらへ視線を向けると、ゆっくりと口を開いた。


「……おまえ、誰だよ」


 舌が痺れているのか、話し方は緩やかだ。


「どーも。ワタクシ、技術廃棄街っていうスラムに勝手に住み込んでるアマカワ言います」

「そんなことを聞いてるんじゃない」

「じゃ、何を訊いてマス?」


 彼女はこちらを睨んだ後、口を開く。


「おまえが、自分をどうするかだ」

 自分、というニュアンスは、どうやら彼女のことを指しているらしい。


「別にどーも。チョロっとお話しを聞きに連れて来ただけダヨ。おねーさん」

「そのふざけた口調はなんだよ」

「さあ。ちょっとした茶目っ気? ミタイナ?」


 彼女は、そのことについて俺と議論を交わす気は失せたらしい。

 俺は淹れたコーヒーカップ二つを持って、彼女が横になっている場所へ行く。カップの内一つを彼女の傍にあるテーブルに置き、部屋の中にあった椅子を持ってきてそこに座った。


「ここはなんだよ」

「俺の家。と言っても、勝手に住んでるだけなんだけどネ。公式な所有権は得ていない。土地代も払っていない。いわば――無断住居、カナ」


 言って、手に持ったカップに口をつける。彼女はその動作を凝視している。


「おねーさんのオナカマだけどね」

 そこで、話しを切り出す。

「一応、連れてこようとは思ったんだけど、きみのやったグレネードで瓦礫の下敷きになっちゃってたから諦めマシタ。ので、今ここにいて、話しをする対象はきみひとりだ」


「――おまえ」

 そこで、彼女の眼が敵愾心に歪む。


「何かしたか?」

「何かって、何よ」

「…………」


 沈黙。向こうはそれ以上、言葉を発することをやめてしまった。


 結局、人的鎧(ヒューマノイド)は情報通りに二体だけだった。監視カメラの映像から他に侵入者がいないことを確認して、俺は唯一の証言者である少女を連れて自分の部屋まで戻って来た。


 まあ、結果的には、これでキカク地域からスラムへの明確な攻撃理由を作ってしまったことになるのだが。

 しばらく彼女は、部屋の中を隈なく見回したあと、最期に俺自身に目を向ける。


「どしたノ?」

 彼女は何か腑に落ちないという顔をして、顔を背け、


「なんか――、印象と違う」


 と、そう一言つぶやいた。


 印象? なんのことですかそれは。

 そこで、思い当る。


「あー、ハイハイ。なるほどナルホド。おねーさんアレでしょ、技術廃棄街の人間は皆不潔だと思ってたタチのヒトでしょ」

「おまえは違うのかよ」


「違うね。俺は埃のとかのアレルギー凄いし、鼠もゴキブリも大嫌いだし、そもそも、不潔っていうのは凄く嫌なんだよ。シャワーだって一日二回浴びるし、部屋の掃除も三回はする。ごみの分別はすべて整えてるし、容器に着いた汚れとかアリエナイ。油とか持ってのほかだね。服とかもヨレてんの嫌だし、一度袖を通したら慎重に水洗いする。畳むのも全部同じじゃなきゃイヤなの」


「――男で、しかも子供で、潔癖症の浮浪者だ?」

「そういう潔癖症の浮浪者がいてもイージャナイ」


 彼女は沈黙する。都合が悪くなるか、言い返せない時は黙るのだこの人物は。


「おねーさん。あなたはこのスラムを攻撃にきた。いわばそれは、ついにキカクの人間が、俺達スラムの人間を潰す目的を持ったと考えていいんだと思うんだけどサ。その点について、おねーさんは本当にそういう理由でここに来たワケ」


 人的鎧(ヒューマノイド)を纏って。


「おめーに話すことなんかねえよ」

 まあ、そう来るだろうね。でも。


「アリガト。反応で分かった。あくまでおねーさんは、何か別の目的があるね?」


 彼女の表情が変わる。


「そもそも突飛過ぎるデショー。あの決定は一体どうやって行われたんだ? 一人の人間が扇動したとしか思えないようなことを可決されてる。しかもそれに、おねーさん達みたいな人たちまで巻き込まれるとはね。俺達も俺達だが、キカクの人間も大概じゃないカナ?」


 そこで、彼女は沈黙する。その反応は、すでに予測していたものだ。


「きみは、それに盲目的に従った訳でも、渋々従った訳でもないでショウ? どちらかといえば、自身の目的の為に、その体制を利用した。そんなとおころじゃないのカナ?」


 少女は答えない。まあ、いきなり本題に入ったのは間違いだったかもしれない。

 黙られてもしかたがないので、別の話題にしよう。


「ところで、おねーさん。きみの人的鎧(ヒューマノイド)にペイントされていた文字だけどね」


 言って、それを彼女に見せる。その瞬間、彼女の表情が不機嫌なものから青い物に変わり、いくらか表情を変質化させた後――叫んだ。


「ぎゃあぁああぁああぁあぁぁあぁ!」


 うるさい、と俺は口にするが、当然、本人は聞いていない。

 俺が彼女の目の前に突き付けたものは、少し前まで彼女が纏っていた、人的鎧(ヒューマノイド)の一部だった。


「それっ! 私の、私の鎧っ!」

「うん、分解させてもらったヨ。いやね、この手の最新機器はバラして売るとイーお値段になるんだこれが」


 別名鎧狩り。俺が勝手に付けた名前だけど。

 機器としても有用なOSと部品を使用している人的鎧(ヒューマノイド)を捕縛、分解、売却することで、その利益を得る手段。スラムの人間が等しく、まともな資金を得ようと思うのならば、この方法は何よりも大きな利益を上げることができる。


「一ついくらすると思ってる!」

「さあネエ。買おうなんて考えたことないシ」


 この反応では安くはない。というか、俺はほとんどそれで生計を立てていると言っても過言ではないので、その価値は分かる。まあ、こちらは奪う専門で、あちらは正式に買う方なのだから、この話合いはどこまでいっても平行線なのだが。


「――っ! ――っ、――」


 徐々に落ち着いて来たらしい。先ほどのまでの興奮は影を薄めている。しかしその目線は今も物凄い殺意のようなモノを含んでこちらに向けられている。

 このヒト動けなくてヨカッタ。そしたらこの部屋が殺人現場だ。


「で、答えは?」


 俺は彼女に、その人的鎧(ヒューマノイド)の一部分を提示する。それは少し前に監視カメラ映像にて確認した、

他国語の文だった。


 チ、と彼女は舌を打って、俺の方から目を離す。そうして、ごろんと向きを変え、俺に背を向ける形になった。


「我が青春は陰惨たる嵐に似たり」


「――へえ、驚いた。年齢のワリに中々博識ダネ」

「おまえの方が私より年下だろうがよ」


 そうなのデスカ? 見た目の年齢では彼女の年齢は図れない。あくまでその容姿は少女のそれだが、しかし、その身の振り方は子供のそれではないような気もする。


「全文は、フランス語で


 『我が夢に見る新しき花々が

  砂浜の如く不毛なこの地に

実を結ぶことなどあるだろうか』


 ――となる。フランスの詩人の作品だったね。これは、この技術廃棄街というフィールドを指してのメッセージですか? それとも、別の何かを比喩してのことかな?」


 彼女は答えない。ただ背中を向けて無言を貫くだけだ。

 大した度胸だなあ、と思う。まあ、俺自身はこのヒトに対して何もする気はないが。


「きみの目的を聞けないのなら、もう一つ質問がある」


 言って、先ほどの悶着で危機に晒されたコーヒーを啜る。


「きみ個人についての質問だ」

「――セクハラ」


 うへえ。スッゲエ過剰防衛だなこのヒト。


「ま、確認みたいなもんだけどネ。キミ、名前はなんていうの?」

「――プライバシー」

「きみの貌は、キカク地域にいた、一人の統括者とまったく同じ貌なんだよネ。きみは誰なんだ? で、きみ自身は本当にcleanなのか?」

「――パワハラ」

「オッケイ」


 何も話す気はなし。まあ、こちらとしても、期待なんてハナからしていなかったのでいいのだが。


「――おまえ、スラムにいるからこっちのこと分かってないだろ」


 急に、そんな言葉が少女から呟かれた。分かってない、というのはどういうことだろう。そのままの意味か。それとも、何か別の暗喩か。


「キカクの統括者のこと?」


 当てずっぽうで口に出す。この状況では、それを指しているとしてか思えなかったからだ。


 キカク地域の統括者とは、その地域の権利と決定権を任されている人間だ。ここ、小さな国である日本では、一つの県に約五人ほどの統括者がいることになっている。統括者はその能力によって選定され、貢献者でも血筋でもなく、あくまで絶対に実力主義でしか選ばれないという、合理性に欠いた機関。それが、一つの地域を任されている統括者の実態だ。故にそこに年齢などという壁は存在しない。極端な話をすれば、例え生まれたばかりでの赤子でも、統括者に相応しい人間であれば統括者になることは可能である――ト。


「私がそれじゃねえかって?」

「ま、そういうコトデス」わざわざ首を振って肯定する。「違うノ?」

「はっ。あり得ねえよ。――それは」

 彼女は、何か自嘲するように、そう口にした。


「だってそいつ、もう死んでるもん」


 そう彼女は言って、俺に背を向けたままそれ以上は何も言わなかった。



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