Processing。
「ねえおねーさん。もしかして、キカク地域の空ってのは、支配されているわけ?」
「そうだが? 確か。特殊なプロジェクション・マッピングかなんかで意図的に色を変更してるんだよ」
「あー、確かに。それで、『不毛』ネ」
「あ?」
空を見る。しかし常時これなのでは、今が何時なのか全くわからない。今はいつなのだろうか。キカク地域に来てから一日は経ったことは確かだろう。
となれば、スラム街への調査とという名の攻撃は開始したのだろうか。
止められなかった、と言えばそうなるか。まあ、その攻撃の停止を話たのがマイリであったことは最悪だったことになるか。あのヒトの目的がキカク地域の治安員会の人間を減らすことにあるのだとしたら、頼った相手を間違えたことになる。
あのヤロー、何が約束は守るだ。最初から裏切ることを前提に話していたのではないか。
そのとき、空の上に何か黒い点のようなものが見えた。
「――ん?」
その点が、徐々にこちらに近づいてくることを確認する。
そして次の瞬間、その点だと思っていたものは、巨大な黒い物体となって、俺のすぐ横に落下した。
振動がおのずとこちらに伝わる。どすん、と鈍い音を響かせて、その物体は数十mの距離を落下してきた。
「……お?」
その姿を確認する。
それは、全身を黒い色で塗られた、真っ黒な人的鎧だった。
視界センサーの色は赤。その犬のようなフォルムは見覚えのあり過ぎるものだった。
それは、こちらを向く。
『よう。また会ったな、スラムくん』
その声は、機械の音声ではあったものの、誰の声なのか明確に分かる声色だった。
「あー、ども。ハリヤマさん」
彼女の言った通りに、彼、ハリヤマ・ネズは俺達の前に現れた。
そして、その上空に複数の影が見えることを確認する。ざっと見た数は二十以上。その一人一人は、俺達にいた場所に各々で着地する。
彼らの纏っていた人的鎧は等しくformalだった。白い人的鎧。全範囲を視界に持つパノラマセンサーと、量産化を可能にした優秀な性能を備え、操作そのものにも難解なものは必要がないと言われる、最強の人的鎧。
目の前に立降りて来た人物たちは、その人的鎧の中でもトップランカーと呼ばれる類の人物達だった。
Processing。彼らは、キカク地域の中でもより強制力を伴った人物達だった。
彼女が、おのずと這ってこちらに来る。急に現れた彼らに、さすがに動揺を隠せないようだ。
「えーっと? おにーさん達、一体なんの用デスカ?」
『用ってんじゃねえよ。ただおまえら見えたから、ツレと一緒に来ただけだ』
「うわ、悪趣味。理由なしかよ」
『理由ならあるよ? おい、諸君。その人がおまえらが言ってたオリヒメだよ』
人的鎧の軍団は、無言で、彼女に視線を集める。その様子に、彼女は少しだけ怯えたように身を縮ませた。
「…………」
『…………』
両者の沈黙。気まずい空気がそこにある。
その中で、一人の人的鎧が彼女に対して歩いてきた。
その動作はこちらから見てもとても暴力的には見えず、むしろ彼女に対して敬っているようだった。所作の一つ一つが優しく、彼は彼女の目の前にくるとその身をかがめ、彼女自身に手を差し出した。
『あの時は申し訳なかった』
その声を、俺は聞いたことがある。
あの、迷いに満ちた声。しかし今は、少しばかり何かが落ちたようになっているように思われた。
「あなた――」
『しばらく――といっても、たったの十数時間ですが。――すいぶん努力されましたね』
彼は、恐る恐る彼女がその手を掴むと、とても優しげな動作で下半身の動かない彼女を立たせた。それは、彼女の状況を理解しなければできない動作だ。
その人物は、彼女を立たせた後で、こちらに顔を向ける。
『あなたも久しぶりです』
「あ、もしかして?」
『はい。ハツカです。糸に負けた』
「ははあ。まあ、確かに久しぶりは言い過ぎだと思うケド」
彼は、彼女のことを態勢を立て直させて座らせると、こちらに向き直った。
「ん? どしたノ?」
途端、彼はこちらに頭を下げる。
『彼女を今まで護ってくれて、ありがとう』
彼は、そこまで言って、更に頭を下げた。おかしな感謝の仕方だ。
「んんぅ? それを言う為にここに来たの? 面白いヒトだネきみも」
しかし、その言いぶりでは――。
「ね、にーさん。少し訊いてもいいカナ」
『いいぜ。というか。順を追って訊けよ? いちいち説明すんの面倒だから』
「きみ達、どうしてまだキカク地域にいるの? 今頃向こうに言っていて然りじゃない?」
『ああ、お偉いさんのキャンセルが入ったんだ。で、オレ達全員のスラム街への徴兵が消えた。だからここにいるんだよ。オーケー?』
お偉いさんのキャンセル、ということは。
「提唱した、つまりきみ達に仕事を与えた統括者そのものが、治安委員会にキャンセルをかけた? だからここにいる、と?」
『ま、簡単に言えばそう。他に質問は?』
「俺とおねーさんが巻き込まれた出来事を知ってる?」
『そりゃな。キカク地域の電車でのあそこまで大規模なことをやってくれたんだ。こっちの耳に届かないほうが異常でしょ。だからおまえらがオレと離れた後に何をやってたかっていうのは、ここにいる全員が知ってる。そこで、彼女がどのようにして、事を終結させたかもな」
まあ、あそこまで堂々的にことを起こしたのならば、それを知らないはずもないか。




